「もうすぐ到着致します!」
御者台からそう叫んだレイリーの声掛けで目覚め、眠気眼を擦りながら馬車の外を眺める。朝日が朝露に濡れた草から反射し煌めく草原の先には小さな集落の様なものが見えた。
近づいて行くと、武骨な作りの古びた石造りの建物とそれを囲うように建てられた兵舎のようなものが目立つ。
「ご苦労様です、レイリー。レズリーと交代してゆっくりと休んでください」
「はい!」
「あれが検問所ですか?」
「ええ」
少し遅れて起きたヴァネッサの問いに、俺達よりも早く起き着替えまで済ませていたナタリアが答えながら馬車の扉を開いた。
「入国の手続きを済ませて来るのでお二人はここでお待ち下さい」
そう言って馬車を後にしたナタリアを見送りつつ、簡易的な寝台として利用していた座席のクッションを元に戻しヴァネッサと共に席に着く。
「国境検問所! って聞いた時に想像したのとちょっと違うね」
「そうだな。ヴィーダ王国とアムール王国で共同運営していると聞いていたし、もう少し大規模だと思っていたが……」
両国間の国境沿いに位置する城塞都市が、国境を跨ぎ僅か二日間の馬車移動で到達出来る距離な時点で不思議に思っていた。実際に国境検問所をこの目で見て、謎は深まるばかりだ。
――いくらヴィーダとアムールが同盟国とは言え、この体制で国境警備をするのはあまりにも無防備過ぎないだろうか……?
検問所から視線を外し草原の先に生い茂る鬱蒼とした森に注目する。この検問所の規模だと、定期的な偵察や巡回はしていないだろう。やろうと思えば誰でも気づかれずに国境を渡れてしまう。
――同盟国だから不法入国を警戒していないのか……? 善良な市民ではなく犯罪者、例えば盗賊が国外逃亡するのを防げそうにもないが……
アムール王国はともかく、ヴィーダ王国に関しては城塞都市エスペランザを見ている手前何かしらかの考えがあると想像している。城塞都市ボルデも遠目でしか見ていないが、エスペランザに負けず劣らずの規模の都市に見えたため防衛に力を入れていない訳ではないはずだ。
「どうかしたの?」
「……いや、悪い癖だ。色々と無駄な事を考えていた」
「考えるのは無駄じゃないよ」
――そう言ってくれるのは有り難いが、考えすぎるのは良くないな……
「癖で、何事においても疑って掛かるのを出来れば直したいんだ……これから外国に行くのに、昨日ナタリアから聞いた話もあるが凝り固まった考え方だと問題に巻き込まれるかもしれない……」
ただでさえ自分は運が悪い上に口下手だ。気を付け過ぎる位が丁度いいのかもしれないがどうしても不安が残る。
「アルフォンソ殿下はあんまり考えすぎないで、旅行気分をたのしめって言ってたんだよね? 食べ物が美味しいみたいだし、楽しもう!」
「……そうだな。アイスもまた作る約束をしていたし、ゆっくりと観光しながら過ごしたいな」
ヴァネッサと話したおかげで少し気が紛れた。
――俺を気遣ってわざと明るく振舞ってくれているのは分かる。それで俺の気分が上向くなら、逆に辛気臭いままではヴァネッサにとって俺は負担になっている可能性が高い。少し気合を入れて――
「また何か考えてる?」
「……ああ」
「だいじょうぶだよ、二人で楽しもう!」
「ありがとう……」
秒でヴァネッサにまた気を遣われてしまい、へこんでいると入国手続きを終えたナタリアが戻って来た。セヴィラに到着した際の入国はこれでつつがなく進められるらしい。
妙な事に頭を悩ませない事に頭を悩ませるという不毛な独り相撲をしながら、着々とアムールに向かって馬車が進んで行った。
――――――――
「あれが城塞都市セヴィラか……」
「綺麗だね」
丁度夕暮れを迎えた頃、一日中走った馬車は目的地に辿り着こうとしていた。
太陽が沈み始めた地平線を背に、ヴィーダ王国では見た事の無い赤みの強い石材で出来た城壁と、その城壁越しに聳える城が佇んでいた。
「都入りの検問も私が対応するので、お二人は何があっても絶対に馬車から出てはいけませんわ」
「……分かった」
覚悟を決めた様な表情で力強くそう言ったナタリアに反論できず、ヴァネッサと共に頷く。御者のレズリーが門の前で馬車を停め、ナタリアが馬車を降りた後彼女が兵士と話している声が聞こえてくる。
「まだ外は明るいのに、私の前に流れ星が落ちてくるなんて――」
「ヴィーダ出身で、あなたの情熱には応えられません」
「……星は掴めないと言うが私は諦めない、つれないことを言わないで欲し――」
「ヴィラロボス辺境伯家のナタリアと申します。友人二人と一緒にアムールへの入国を求めます。御者の分を含めた四人分の入国書類はこちらです」
「……確かに受け取りました。このままお進みください」
「えー……」
兵士のあまりの態度にヴァネッサが声を漏らした瞬間、事態が急変した。
「鈴の鳴るような声……! もしや私の運命の人は馬車の中に!?」
「レズリー、許可は出たので早く出してください!!」
そう叫びながら馬車に飛び乗ったナタリアの指示に従い、レズリーが馬車を走らせた。遠ざかる城門からは、兵士が何やら叫んでいる声が聞こえてくる。
俺とヴァネッサは言葉を失ってしまい、肩で息をしながら席に着いたナタリアが笑顔で語り掛けて来た。
「こんなに簡単に入国が済んだのは、お二人共運が良いですわ!」