「暇だね……」
「暇だな……」
セヴィラの宿の一室で、窓から外を眺めながらヴァネッサとため息を吐く。
「……もう一回、街に出てみる……?」
おずおずとそう提案したヴァネッサにどう応えるべきか頭を悩ませる。
「……そうだな……ナタリアの用事が済むまでまだ時間が掛かりそうだ。いつまでも部屋で待機していても仕方がない……」
宿を手配してもらってすぐにナタリアとは別行動をする事になってしまった。ナタリアが伝令としてヴィーダ王家から預かった書簡をセヴィラ辺境伯に渡す必要があったためだ。
『すぐに戻ります』
その日の夜の内に戻るつもりだと言っていたナタリアがそう言い宿を去ってから、既に二日経っている。
ナタリアが宿に戻らなかった時、既に夜が更けていたためナタリアの義理の叔父に当たるセヴィラ辺境伯が彼女を気遣って辺境伯邸に泊まる様引き留めたのかもしれないと考え一先ず待つ事にしたが、翌日の昼頃になってもナタリアが帰って来なかった。
心配になりヴァネッサと共にナタリアを迎えに行く準備をしていると、ナタリアに付いて行ったはずのレズリーが宿に戻って来た。
ナタリアがセヴィラ辺境伯邸を訪れた際、ナタリアの姉もたまたま訪問中で叔母と姉に捕まりリカルドとの婚約の件について根掘り葉掘り聞かれているらしい。
義理の叔父であるセヴィラ辺境伯にヴィーダ王家の書簡は渡し終えているので、辺境伯婦人の気が済み次第解放されるだろうとレズリーが教えてくれたが……そう言った彼女の表情は明るくなく、ナタリアが解放されるまで時間が掛かりそうだと物語っていた。
――あの様子だと少なくとも後数日はセヴィラに滞在する事になりそうだが……
レズリーからの共有を受け、昨日せっかくだからとヴァネッサと一緒に街を散策しようとして散々な目に遭った。
『すまない、この品は――』
『私はヴィーダ出身であなたの情熱には応えられません!!!』
『!? そういうつもりでは……』
通りがかった店先で店員に商品について質問しようとしたらそう叫ばれ、居た堪れなくなりそのまま素通りする事になり。
『デミトリ、あそこに――』
『なんて可憐な……! 冬の妖精がなぜここに? 私と是非――』
ヴァネッサはひたすら道行く男に口説かれた。ヴァネッサと手を繋いでも腕を組んでもまるで俺が存在しないかのように突撃してくる男達には目を疑った。
街中の人間が全員そういった行動に出た訳ではないが、誰が普通で誰が危険なのか全く見分けがつかない。大勢の人が行き交う街中で警戒しながら歩くのは想像以上に辛かった。
俺は何度も口説いているつもりがないのに拒絶され、ヴァネッサに言い寄る男を追い払うのに疲れてしまい、ご老人であれば問題ないかもしれないと考えた矢先だった。
『あら、まさか私にまた青春が――』
意を決して入店した雑貨屋で店番をしていた老婆にそう言い寄られた時、とうとう限界を迎えてしまった。
『ヴァネッサ、帰ろう……!!』
『うん……!!』
そのまま宿に籠りながら一晩過ごしたが、アムールに滞在している間ずっとこうしている訳にもいかない。
――セヴィラでこうならアムールの王都もそう変わらないだろうな……
ヴィーダに帰国するまでずっと引き籠って過ごしたくはないので、何か手立てがないか頭を悩ませる。
「あのね? 試したい事があるんだけど」
「何か対策でも思いついたのか?」
――――――――
「四万八千ゼル、確かに受け取りました。またのご来店をお待ちしております!」
「……ありがとう」
昨日俺に話しかけられ即座に断り文句を叫んだ店員がにこやかに笑いながら商品の入った紙袋を差し出した。ヴァネッサが店員から袋を受け取り、慎重に店の扉を潜り店外に出る。
「大成功だね!」
「だとしてもこれは……」
ガッツポーズをしたヴァネッサを落とさない様に腕の位置を調整しながら、俺とヴァネッサの周囲に出来た誰も近寄らない空間を見て羞恥で顔が熱くなる。
「……疲れたなら交代しても良いよ?」
「そう言う問題じゃないのは分かっているだろう……」
歩道のど真ん中でヴァネッサをお姫様抱っこしているというのに、通り過ぎる人々が特段不思議がる事も無く道を空けてくれている状況に理解が追いつかない。
ヴァネッサを抱えながら、先程のアクセサリー店からほど近い広場に向かって移動を開始した。
「やっぱり何か暗黙の了解があるみたいだね」
「そうみたいだが、良く気が付いたな」
「昨日デミトリが、その……店員さんに勘違いされてる時におかしいと思ったの。私に声を掛けたがってそうな人がじっと待って、私達が店先から移動した後に声を掛けてきたから」
敢えて拒絶されたと表現しなかったヴァネッサのやさしさが辛い。
「その後も絶対に複数人に声を掛けられることが無くて、毎回一人ずつだったでしょ?」
「そう言えばそうだったな」
「律義に順番待ちしてるみたいだったから、ロマンチックな雰囲気を邪魔しちゃいけない決まりか何かがあるんだろうなって思ったの」
――よくあの状況でそこまで観察する事が出来たな……