「情熱区域……??」
聞き慣れない単語に首を傾げていると、アルセがため息を吐く。
「デミトリ殿。飾らずに、アムール人に対して抱いた率直な意見を貰えないか?」
「……ヴィーダ王国と比べると、そうだな……積極的な方が多いなと――」
「言葉を濁さなくても良い。他国の人間の目にはどう映っているのか教えてくれ」
固い表情を浮かべぎりぎりと手綱を握る手に力を入れたアルセの再度の問いかけに戸惑いながら、改めてアムール人に対して抱いた印象を包み隠さず話す事にした。
「言葉を選ばずに言うのであれば、文化の違いはあるかもしれないが積極的というよりも強引な印象を受けた」
「……それは、ナンパされたからか?」
――ナンパ……異世界の言葉だがアムールでは浸透してるのか……
覚悟はしていたがアムールにも異世界人の影を感じ一瞬思考が反れそうになったがぐっと堪える。
「……それも大きいがそれだけではないな。もちろんこちらの都合も考えずに立て続けにヴァネッサに声を掛けてくる男達には辟易したが……俺は口説くつもりが無かったのにも関わらず女性に話しかけただけで拒絶され続けた」
――逆に俺を口説こうとしたのはあの老婆位だな……
セヴィラでの苦い思い出を思い返し溜息を吐きながら遠目に見えてきた城門を見つめる。
「仕方が無いのかもしれないが、そういう風に決めつけられて接せられるのも気持ちの良いものではなかったな」
「……ふー、聞かせてくれてありがとう、デミトリ殿……」
憂いを帯びた表情で俺の話を聞いていたアルセが、少し間を置いてから話始めた。
「……アムールに来て、情熱区域で過ごしていたらそのような印象を抱いてしまうのも無理はない……情熱的な国民性である事も否定はしない。だが、信じられないかもしれないが皆が皆ああ考えなしではないんだ」
切実そうにそう訴えるアルセの口から再び発せられた、情熱区域という聞き慣れない単語に首をひねる。
「その、情熱区域というのは……?」
「昼夜問わず国民全員が愛を求めて行動していたら、日々の生活がままならないどころか国が回らないだろう?」
「それは……そうだろうな」
「賢王と呼ばれた六代目アムール王が通した法案に則り、主要な都市には必ず指定された情熱区域が存在するんだ」
――都市内で指定された区域……?
「……具体的に情熱区域とその他の区域で何が違うんだ?」
「情熱区域ではある程度積極的な求愛行動に対して目を瞑る代わりに、そのほかの区域では節度を守った求愛が国民に義務付けられている」
アルセの声色と表情から真面目な話をされているのだと頭では分かってはいるが、感情が追いつかない。
――そこまでする必要があるのか……?
「自由恋愛派閥に属する貴族家と彼等を支持する国民から猛反発があったが、今まで声を上げて来なかった静かに育む様な愛こそ至高だと考える静愛派の貴族達と国民が立ち上がり、法案が可決され今に至る」
――また派閥問題か……ヴィーダ王国とは大分毛色が違うが、貴族のやる事はどの国もそう変わらないのかもしれないな……
国民の恋愛事情を中心に動いている特殊性については一旦目を瞑る事にした。前世の朧気な記憶頼りの考えではあるが、いつの世も争いは資源の奪い合いか思想の対立が原因で起こっていた。
大きな括りで言えば、これも思想の対立なのだろう。
「……アムールでは、代々王家の人間は大恋愛の末結ばれている」
俺の沈黙を困惑と捉えたのか、アルセが補足をし始めた。
「特に波乱万丈だった二代目王と王妃の半生は未だに劇が上演される程国民に愛されている。他国の人間からしてみると、異常なまでに恋愛至上主義な考えを持った人間がいるのはそう言った背景もあるんだ」
「アルセ殿の様な考え方は、アムールでは少数派なのか……?」
ここまで話を聞いた限り、彼は恋愛至上主義ではなさそうだ。
「……私の願望が含まれるかもしれないが似たような考えの人間は少なくないはずだ」
沈痛な面持ちでそう言いながらアルセが首をゆっくりと振った。
「デミトリ殿は、情熱区域で拒絶されたと言っていただろう?」
「ああ」
「情熱区域に押し込められた自由恋愛派の行動は年々過激化している。その対策として求めていない接触の重罪化や貴殿も知っているであろう断りの決まり文句などが生まれた。デミトリ殿の事を拒絶した方々は、恐らくデミトリ殿や私と似た考えの持ち主だ」
「……なるほど、良くない状況だな」
――自由恋愛派にさんざん言い寄られた人間が、知らずに自分と似た価値観の人間を拒絶せざるを得ない程追い詰められているなら……
「そもそも自由恋愛派じゃない人間は情熱区域に居を構えなかったり、働かないと言う選択は出来ないのか?」
「それこそが情熱区域の問題点だ。都市の秩序を守るためにも下手な場所を情熱区域に指定できない……市民全員が安定した職に就いていて街の中心に近く職も多い繁華街を避けて生活できる訳ではない」
「情熱区域自体を別の場所に指定するのは……?」
「何もない都市の隅っこを情熱区域に指定してしまったら警邏の観点で問題があるだけでなく、自由恋愛派の市民からの反発や自由恋愛派に所属する貴族から愛を軽んじていると思われ関係性が悪くなる恐れがある」
――他国の事情ながら、果てしなく面倒だな……