「気に入った獲物を地の果てまで追いかける、別名執念の狩人とも呼ばれる魔獣です。狙われたら倒すか殺されるかの二択を強いられるので、素材をお客様が持って来た時はびっくりしちゃいましたよ」
「何故そんな物騒な魔獣が愛獣なんて呼ばれているんだ……?」
「一度狙った獲物は命を顧みずに執着する様を一途さや永遠の愛になぞらえていく内に、愛獣として定着していったと言われています。アムールの国旗に描かれている国獣は親しみやすい意匠にされていますが、アースルスなんですよ?」
ただの厄介な魔獣に聞こえるが、アムールではそんな魔獣も恋愛に紐づけて評価するらしい。
「王都に来たばかりと仰っていましたが、アースルスについて存じ上げていないとなると旅のお方ですか?」
「ああ、俺達はヴィーダから……旅行に来た」
「あら、だったら今の時期なら商業区の方が賑わって――」
「ゴドフリー! 武器は完成した――」
鍛冶屋の先の街角からピンク色の髪を靡かせ走る女性が急に現れた。
鍛冶屋の主と話している俺とヴァネッサを見た瞬間、女性は髪の色によく似た桜色の瞳を皿にしながらこちらを凝視し腰に携えた短剣に手を伸ばす。
「私はヴィーダ出身であなたの情熱に応えられない!!」
「……俺達もヴィーダ出身だ」
「セレーナちゃん、他のお客様に迷惑を掛けたらだめですよ」
「ヴィーダの人ね、警戒して損した!」
ゴドフリーと呼ばれた男がため息を吐きながら首を横に振る。
「そんな事より武器は――」
「出来てませんよ。アースルスの角なんて学生区に店を構えている私程度では手に余るって説明しましたよね?」
「でも結局面白そうな素材だって言って引き受けてくれたじゃん!」
図星をつかれてしまったのか、ゴドフリーが二の句を継げなくなる。ゆっくりとセレーナと呼ばれた少女から視線を外し、俺とヴァネッサの方に向く。
「依頼された武器の完成は当分先になります。私はこの方々の接客があるので――」
「じゃあ適当に時間を潰して待ってるね!」
ゴドフリーの様子も俺達の困惑も意に介さず、セレーナはそのまま鍛冶屋の中に入って行ってしまった。
武器に関しては依頼した物があるためか、身に纏っている革鎧と展示された防具を比較しながら店の奥へと消えて行く。
「……お騒がせしてごめんなさいね」
「気にしてませんよ?」
「俺達は特に用事はないから、彼女の対応を優先しても――」
「本当に何もございませんか?」
――そんな縋るような目で見られても困るんだが……
結局俺達の対応が終わり次第セレーナの接客をするだけなので遅いか早いかだけの問題だと思いつつ、せっかくなので色々と質問する事にした。
「今後の予定は未定だが俺達は今学生区の宿に泊まっている。武器の手入れの依頼などは、学生以外の一般客も受け付けているだろうか?」
「もちろんです。学生向けの店ではありますが、商品の購入も武具の手入れも受け付けていますよ。学生証が無い場合割引は適用されませんが」
「……学生割引があるんですか?」
「ええ、私の店だけでなく学生区のお店は大体学生割引を提供しています。そもそも学生区の店の単価は商業区や繁華街と比べると低いですけど、そこからさらに二割引きになります」
比較対象の区域の単価が分からないが、そもそも安い単価設定からさらに割り引かれているのは驚きだ。
「他国の方からしてみれば驚くかもしれませんね」
沈黙してしまった俺とヴァネッサを見かねてゴドフリーが説明を続ける。
「学生が情熱区域ではめを外すような事があったら問題でしょう?」
「割引とそれが関係あるんですか……?」
「経済的な抑止力か……」
「あら、お兄さんは察しが良いですね」
話を追えず、首を傾げたヴァネッサに向けてゴドフリーが優しい口調で説明する。
「そもそも情熱区に踏み入れた事がばれた王立学園生は最低でも停学処分になるんですが、それでも挑戦するお馬鹿さん達がいます」
「停学になるのに……?」
「愛は盲目と言いますが、思春期のそれはさらに輪を掛けて無謀ですから……なので在学生への仕送りは、学生寮の食堂と学生区のお店で買い物をするのにぎりぎり足りる程度に収まるよう校則で定められてるんです」
――貴族家ならそれでも構わず仕送りの量を増やしそうなものだが……わざわざ校則で定めているほどだ。恐らくそこまでしたら停学では済まされないんだろうな。
「それだけのために割引を提供してるんですか?」
「もちろんそれだけが学生割引を提供している理由ではないですよ? アムールは情熱の国として知られていますが、愛だけでなく学問も同じくらい重視しています」
――それは、失礼ながら初耳だな……
「平民や特待生の生徒が不自由なく健やかに過ごし、学問に集中できる環境作りのために学生割引が必要なんです」
「高尚な考えではあるが、それだと学生区の店舗の経営が厳しくなるんじゃないか?」
「国を挙げて教育に力を入れてますから、学生区の店舗は国からの補助金が支給されて成り立っています。貴族が王家に上納する税の少なくない割合が教育支援に当てられていて、そこから予算が捻出されてるんです」
そこまで教育に力を入れているとは露ほど思わず、アムール王国の意外な一面に驚愕を隠せない。
――情熱の国という印象に引っ張られ過ぎていたのかもしれないな。確かにアルセの言っていた様に、それ以外の素晴らしい側面もあるみたいだ。