「本当に一緒に来ないの?」
「ナタリア様とレズリーと買い物をしてから甘味を食べに行くんだろう? 俺とアルセ殿が付き添っていたら遠慮してゆっくりできないだろう」
「そんな事ないけど……」
別行動をすることに少し抵抗がありそうなヴァネッサを宥めながらナタリア達の方を向く。
「くれぐれも気を付けてくれ」
「私たちが買い物に出かけている間、デミトリさんは冒険者として依頼を受けるんですよね? どちらかと言うと私達の台詞だと思いますけど」
苦笑するナタリアの後ろでレズリーが頷く。
「……魔物の相手の方がある意味気が楽だろう」
「デミトリ殿……私は冒険者登録をしていないので依頼には同行できない。一人でも問題はないと思うが繁殖期は想定外の魔物との遭遇もあり得る。無茶はしないでくれ」
「ああ、忠告感謝する」
アルセと頷きあい、ヴァネッサの気が変わる前に繁華街に向かって歩き出した。
「夕暮れにはパティオ・アズールに戻る」
振り向かず、手をひらひらと振ってからその場を後にした。強引に別行動を取った事には理由がある。
――とにかく今は一人になりたい……
昨日の自分の行動は明らかにおかしかった。神呪の影響とは言えそんな事アルセ達には分からない。彼らとどう接すればいいのかが分からずどうしようもなく気まずい。
――ナタリア様達には数週間依頼を受けていないため、マルコス達からの助言で冒険者証が失効しない様に適当な依頼を受けに行くと言ったが……
あの様子だとそれが本当の理由ではないと察した上で一人の時間を取らせてくれているんだろう。
ヴァネッサが強く俺の事を引き留めなかったのも、昨晩部屋に戻った俺の様子がおかしいのを一番近くで見ていて気遣ってくれたからかもしれない。
――うじうじ考えるのはやめだ……! ジュールの繁華街は情熱区ではないらしいが……妙な事に巻き込まれない様に気を付けて、さっさと手頃な依頼を受けて王都を出よう。
あれだけストラーク大森林で一生分の森を見たと嘆いていた癖に、今は人と出会う確率が限りなく低い自然の中気ままに過ごしたいと考えている自分の現金さに呆れながら辻馬車を捕まえ繁華街に急いだ。
――――――――
――ここがジュールの冒険者ギルドか。
作りはメリシアのギルドと似ているが、規模がそのまま三倍になった感じだろうか? 建物の奥に並ぶ受付の内一番冒険者の列が短い窓口まで一直線に向かう。
「ジュール冒険者ギルドへようこそ。本日のご用件は依頼の発注でしょうか、それとも受注でしょうか?」
「依頼の受注をしたい。我儘を言って申し訳ないが、出来れば王都近郊で日帰りで終わりそうな討伐依頼を受けたい」
そう言いながら、久しぶりに首から下げている冒険者証を取り出し受付に提示した。
「銀級冒険者のデミトリさんですね。ソロですか……少々お待ちください」
受付が冒険者証を確認してから依頼票をまとめた物と思われる紙の束を確認し始めた。彼の作業が終わるのを待っている間、長蛇の列が出来ている他の窓口を眺める。
受付窓口が多いので仕事に支障が出る程ではないにせよ冒険者の偏り方が明らかにおかしい。
「気になりますか?」
――列ごとに綺麗に冒険者の性別が分かれている……どうせ受付を口説こうとしてるんだろうな……
「……いや、なんとなく理由は察している」
「デミトリさんはアムール出身じゃないのに色々とお詳しいんですね?」
「アムール出身じゃないと分かるのか?」
それ程特徴的な見た目をしているつもりはない。もしかすると服装で判断されたのかもしれないと思い自分の体を確認していると、受付の男性が笑いながらおれの首から下げられた冒険者証を指さした。
「冒険者証の刻印がヴィーダ支部の物なので。腕輪を嵌めているので自衛の方法はご存じのようですが、もしも冒険者に口説かれたらその冒険者証を見せればヴィーダのご出身だと証明できるので大体の方は引き下がってくれるはずですよ」
「そうなのか……教えてくれて感謝する」
また妙なアムールでしか価値がない豆知識を得てしまったなと考えていると、受付が微笑みながら一つの依頼票をこちらに手渡して来た。
「おすすめはこちらの依頼になります」
「コルボの討伐。討伐証明として羽つきの死骸を十羽分納品……」
「ヴィーダのご出身なら聞き慣れない魔獣かもしれませんね。コルボとはカラスをそのまま大きくしたような白い羽を持った怪鳥です。ネージュ山の麓に生い茂るシャウデの森に生息している魔獣で、温厚な性格をしているため普段は人を襲ったりしないんですが……」
ため息を吐きながら受付が机の下から四十センチはありそうな純白の羽根を一本取り出した。
「参考までにこちらがコルボの羽根です。残念ながら姿描は手元にありませんが、全長は大体一メートルから大きな個体は一メートル半程になります」
「かなり大きいんだな」
「その大きさと見合わない俊敏な動きが厄介なんです。主な攻撃手段はその巨体と速さを活かした突進と、捕まえた獲物を切り裂く嘴での攻撃です」
――俺一人で何とかなるだろうか……
群れに襲われた時を考え少し不安になったが、直線的な攻撃に注意して魔法で迎撃すれば何とかなりそうではある。
「繁殖期になると縄張りに入った人間を誰彼構わず襲うようになるので定期的に間引く必要があります。数が増えすぎて生息区域を王都まで広げられても困りますし、駆け出しの冒険者達にはコルボの討伐は荷が重いので薬草の採取地域に巣を作られると依頼が滞ってしまい本当に大変で……」
「かなり深刻な問題のようだが、十羽程度討伐したところで焼け石に水じゃないのか……?」
「数自体はそう多くないんです。私も詳しくはありませんが、ギルドが実施した調査では年に五十羽程度間引けばコルボの群れの数を維持できるらしいです」
個体数を管理しているのは絶滅を防ぐためなのだろうか? 良く分からないが生態系を維持するうえで過剰に狩る事を避けているのであれば、相変わらず冒険者ギルドがこの世界で担っている役割の大きさがおかしく感じてくる。