「頭がおかしいのか……?」
「……心の声が出ちゃってるよ!」
「……襲って来たお前が全面的に悪い。弁償云々言うのであれば、おまえのせいで切断されかけた右手を繋ぐために飲んだ高級ポーションの代金は弁償してくれるのか?」
「ポーションなんて安いじゃん……」
あまりにも見当違いな返答に頭が混乱する。
「……まさか自己再生能力を持っているからポーションの相場を知らないのか? 高級ポーションの相場は一本百万ゼルだぞ」
「ひゃっ―― えっ!!?? で、でも! あの時話を聞いてくれたら私の魔法で治すつもり――」
「仮にあの時お前の話を聞いていたとしても、襲って来た人間が急に治療してやると言ってきても信用する訳ないだろう」
「それ、は……」
――本当に何も考えていないんだな。
王立学園がわざわざ特待生として招き守る程だ。セレーナは強い加護か特別な力を神に分け与えられている存在なのかもしれない。
それか、再生魔法がアムール王国に取ってそれ程有益なものと判断されたのかもしれない。
――普通なら憲兵に突き出して終わりのはずだが、王立学園が訴えを握りつぶして来るとなると関りを持たないようにするしか自衛の方法がないな……
「じ、時間は掛かるけど弁償――」
「弁償などどうでもいい」
言葉を遮られ怯んだセレーナが二の句を継げる前に一気に言い切る。
「そもそもの話になるがお前は俺にとって急に街中で襲って来た無法者だ」
「理由が――」
「理由があっても、治療するつもりだったとしてもそれはお前の都合だ。俺はお前が何を考えて行動していたのか知らないし、知りたくもない」
先程までの元気が鳴りを潜め、静かになったセレーナから視線を外し動き出した馬車の外の景色を眺める。
――これだけ言っておけば大丈夫だろう。
何の問題にも巻き込まれず一日を過ごすという目標はセレーナとの邂逅で見事に出鼻をくじかれた形になってしまったが、シャウデの森に到着すればそこからは一人で過ごせるはずだ。
俯いて陰鬱な雰囲気を醸し出しているセレーナを可能な限り視界に入れないように注意しながら、気まずい沈黙に包まれた馬車が早く目的地に着くのを願いながら徐々に近づいてくるネージュ山を観察した。
――――――――
「到着しました!」
「ありがとう、念のため確認だが夕刻の便はこの時間で間違いないか?」
ギルドの受付に渡された紙を御者に見せると、大きく頷いた。
「間違いないです!」
「確認してくれて助かる」
御者との会話を終え、未だに意気消沈した様子でゆっくりと馬車から降りるセレーナに絡まれないよう足早に森を目指す。
定期馬車が停車した広場にはかなりの数の天幕が建てられていて冒険者の数も多い。繁殖期ということもあって、冒険者業は賑わっているに違いない。
――あの受付は、冒険者にも絡まれるかもしれないと言っていたな……
厄介事に巻き込まれないようなるべく人を避けながら広場を通り抜け、鬱蒼と生い茂る森に向かって行く。
この位置からは森の奥の様子はほとんど確認できないが、遠目ではあるが密集して生えた木々の僅かな隙間の先に燃えるような赤色が見え隠れしている。
――あれがマデランの木だろうか……?
アムールの植生について詳しくない為自信はないが、今はあの赤い何か位しか手掛かりがないので身体強化を掛けながら森の中を駆けた。
ギルドの受付からは討伐依頼の終了期間に余裕があると説明されたが、可能な限り本日中に依頼を終えたい。今日の単独行動は俺の希望を無理やり通したような形になってしまったが、明日以降もヴァネッサに心配を掛けてナタリア達に迷惑を掛けるわけにはいかない。
――急にエリック殿下がジュールに帰還しないとも限らない。立場上ジュールで待機するべきなのに、本当に無理を言ってしまったな……
反省しつつ、無理やり頭の中を空にする。
無理を押し通してまで単独行動をしている以上うじうじと考え事に耽っていては意味がない。昨日起こした失態から吹っ切れるために一人になったんだ、コルボには悪いが適当に暴れてこの心の靄を晴らさせてもらう。
――当たりみたいだな。
受付が渡してくれた紙に描かれた木とよく似た、周囲の木々よりも背が低い赤色の幹が特徴的な木の前に到着した。枯葉を思わせるような茶色い葉を茂らせ、そよ風と共に揺れるその木の周辺は太い赤茶の根によって掘り返されている。
――姿形が周りの木と比べると明らかに場違いに見えるが……外来種なのか……?