ジュールに到着してから三週間が経ち、先週初雪が王都に降った。
そもそもアムールの気候はヴィーダと比べて寒々としていたが、雪が降り出してから更に気温が下がった。連日雪が降り、力強い風が空から降る氷の結晶を殴る様に王都に叩きつける様はアムールの冬の厳しさを感じさせるには十分だった。
アルセ曰くこれでもまだ冬の兆しに過ぎないと聞いた時、分かっていたつもりだったがなぜアルセがナタリア達の帰国の心配をしていたのか理解した。
「やっと引き合わせる事が出来ましたね」
「王命とは言え急な話だったのに、かなり長い間俺とヴァネッサの案内で拘束してしまってすまない」
「気にしてませんわ。むしろ急な婚約で心の整理がついてなかったので……色々と考える期間を頂けたのは逆にありがたかったです」
そう呟くナタリアに何と声を掛ければいいのか分からない。
収穫期の終わりが間近に迫り、本格的に冬が訪れる前にエリック殿下が王都に帰還したのでようやく邂逅が叶う事になった。
王立学園で留守番をしていたエリック殿下の従者とナタリアが連携して殿下の予定を押さえ、今は王立学園の寮に備え付けられた応接室で殿下の到着を待っている。
――この様子だと、今日の挨拶が終わり次第ナタリアはヴィーダへの帰還の準備を始めそうだな。
春先までアムールにナタリアとレズリーを引き留めるのは難しいかもしれないが、王命の達成を報告することを優先するのであれば、生きて帰らなければ意味が無いと説くしかないかもしれない。
――協力して貰えるか分からないが、エリック殿下にもそうナタリアに言い含めて貰えると嬉しいが……
帰国の件以外にも、ヴィーダに帰る道中ナタリア達がセヴィラ辺境伯領で伯爵夫人の足止めを喰らわないように可能であればアルフォンソ殿下への伝言も彼女達に託して欲しいと考えている。
――我儘がすぎるかもしれないな、エリック殿下に対するお願い事ばかりなのが申し訳ない……
シエルの件もある。まだ話したことも無い王族を相手に一方的な相談事が多すぎる事に不安と申し訳なさを抱きながら応接室で待っていると、応接室の扉が開いた。
「失礼しま―― する!」
アルフォンソ殿下をそのまま少しだけ幼くしたような金髪碧眼の少年が護衛を率いて応接室の中へと踏み入り、俺とナタリアが座っているソファの対面まで移動した。
「エリック殿下、お久しぶりでございます」
「ナターー ヴィラロボス嬢、久しぶりで、だ!」
殿下を迎えるために立ち上がってナタリアに合わせて俺も立ったが、エリック殿下が手で座るように合図したのでナタリアと共に再びソファに腰を掛ける。
「彼が―― そちらが噂のデミトリ殿か?」
「ご認識の通り、私がデミトリです。アルフォンソ殿下より格別のご高配を賜り、亡命中の身でありながらガナディア王国に関する情報を共有するため――」
「あー、ここはヴィーダじゃないし二人共そんなに畏まらなくてもいいよ。僕も話し辛いし……」
エリック殿下の急な提案に言葉を呑み込む。
「殿下!」
「イバイ、気持ちは分かるけどせっかく話が通じる相手と話せるんだよ? ちょっとぐらい良いでしょ……」
「それは……」
エリック殿下と彼の横に立っていた護衛の会話に困惑していると、沈黙を破るようにナタリアがエリック殿下に話しかけた。
「以前お話しした時も困っていらっしゃったようですが……まだアムールには慣れないのですか?」
「努力はしてるんだけどね……文化の壁は簡単に乗り越えられない事をこの留学期間中嫌と言う程理解させられてるよ」
弱り切った様子のエリック殿下の発言に、先程殿下に苦言を呈そうとしたイバイも口を噤み渋い表情をした。
「開戦派関連のごたごたが片付いたからやっとヴィーダに帰れると思ったのに……ガナディアめ、空気を読―― あ! 気分を悪くしないで欲しい、国と人は分けて考えてるから他意はないんだ」
「私も故郷は嫌いと言いますか……それこそ亡命して国を捨てている身なのでお気になさらず……」
慌てだしたエリック殿下を安心させるためにそう言うと、殿下は分かりやすく安堵してソファの上で脱力した。怒ったり落ち込んだり謝ったりと、中々忙しない性格をしているようだ。
「そう言って貰えると助かるよ。デミトリはしばらくアムールに滞在するんだよね?」
「色々と事情があり、ガナディアの使節団がヴィーダを訪れている間アムールに滞在する予定です」
「兄さんから送られてきた手紙である程度デミトリの事情は把握してるよ! 早速なんだけど、アムールに滞在する間デミトリには僕と行動を共にして欲しい」
エリック殿下と行動を共にする……?
「……これから収穫期休暇が明けて、エリック殿下は学園に通うのでは……?」
「そうだよ。君と、君と一緒にアムールに来たヴァネッサには学園で僕の従者団と共に過ごしてほしいんだ」