「ナタリア様??」
ナタリアの急な申し出の意味が分からず、隣に座っている彼女を凝視してしまった。
「だって、デミトリさんは弁が立ちますよね?」
「そんな事は無いと思うが……」
「茶会でペラルタ様を言い負かしていたじゃないですか」
ナタリアはアルケイド公爵邸で開催された茶会での出来事を引き合いに出しているようだが、それは違うと断言できる。
「あれはペラルタ様とアルフォンソ殿下が事前に打ち合わせて打った芝居のようなものだ。ペラルタ様を言い負かしたわけじゃ――」
「ペラルタ様は芝居を打っていたとしても納得しなければ引き下がるような方ではありませんわ。少なくとも、私は一度もそんな場面を見たことがありません」
急遽婚約相手になったリカルドに対して複雑な感情を抱いていそうなナタリアだが、元々片思いをしていて彼の姿を追っていたというのは本当らしい。
リカルドについて熱弁する彼女の様子からして、彼に対しては未だに並々ならぬ思いを抱いているようだ。
「デミトリ、申し訳ないけどそれが本当なら僕からも頼みたい! 代わりに断って!」
――一緒に対策を考えようと言ったじゃないか……
エリック殿下も俺に任せられるのであれば御の字という様子でお願いしてきたことに焦りを覚える。いつの間にか俺が矢面に立ってクリスチャン殿下の誘いを断る形になりそうなので、急いで軌道修正を図る。
「いくらエリック殿下の客人であっても、貴族でも何でもない人間が一国の王子を相手に下手な事は言えないだろう? ヴィーダ王国に迷惑が掛かったらどうす――」
「全部僕の言葉を代弁してる事にするから! 助けて……!」
――エリック殿下が責任を取ったとしても駄目だと思うが……このままではきりが無いな。
元々エリック殿下が困っていれば力になると決めていた。二対一で話し合っても意見を覆すのが難しいなら、腹を括るしかない。
「分かった……」
「ありがとう!!」
「代わりと言っては何だが、幾つか俺からもエリック殿下に相談事があるんだが……聞いて貰えるだろうか?」
「もちろんだよ!」
人好きのする笑顔を浮かべながら躊躇なくそう告げたエリック殿下にヴィーダ王の面影を感じる。アルフォンソ殿下の弟なので最初からそれ程心配はしていなかったが、諸々抱えている相談事を共有しても無下にはされないだろう。
「一つ目はナタリア様と従者のレズリーについてだ」
「デミトリさん……?」
まさか相談事が自分の事だとは思っていなかったナタリアが驚く。
「ナタリア様達はこれからヴィーダ王国に帰国しようと考えている。アムールの冬は旅人に厳しいと聞く……殿下からも安全の為に無理に帰国を急がないよう言ってくれないか?」
「デミトリさん、お気持ちは嬉しいですが――」
「お安い御用だよ。ナタリア嬢、急いで帰国したいのは王命の完了報告のためかな?
「はい」
「気持ちは嬉しいけど冬のアムールを舐めたらだめだよ!」
「ですが、すでに一月以上ヴィーダを離れて――」
ヴァネッサの反論を遮るようにエリック殿下が首を振った。
「兄さんもヴィーダからアムールの王都まで行きだけでも最低で一月は掛かるのを知ってるし、旅路が順調なら丁度冬頃に到着するのを分かっててナタリア嬢にデミトリの案内を依頼したんだ。安全に帰国できるように、ナタリア嬢が冬が明けるまでアムールに滞在するのは織り込み済みのはずだよ?」
「……分かりました」
「報告しないといけないのが気になるなら僕から兄さんに伝書鷹を出すから安心して! ヴィラロボス辺境伯宛てにも、ちゃんと僕の指示でナタリア嬢の帰国を遅らせる事を伝えるから」
ナタリアは終始困惑気味だったが、エリック殿下が王命の完了報告と実家への報告をしてくれると聞きそれ以上異議を唱えなかった。
いくらアルセから相談されていたとは言え、俺からエリック殿下にお願いするのは出過ぎた真似なのは理解している。それでもここまで共に旅をしたナタリア達をこのまま帰して、死なれてしまったら後悔してもしきれないと思ったため遠慮は出来なかった。
「ナタリア嬢の件はこれで解決かな? いくつか相談事があるって言ってたけど……?」
――ナタリアがセヴィラ辺境伯領で足止めを食らわないよう伝言を託してもらう件については、別の機会に相談するべきだな。
この場で相談すればエリック殿下にこれ以上迷惑を掛けられないとナタリアが固辞するだろう。これからエリック殿下の護衛として共に行動し話す機会が増えるため、この件は一旦後回しにする。
「エリック殿下は、コルボという魔獣を知っているか?」
「アムールの国鳥でしょ? コルボがどうしたの?」
「実は、冒険者としてコルボの討伐依頼を請け負った時、偶然コルボの雛が生まれるのに立ち会ってテイムしてしまった」
「すごいじゃないか!」
殿下は無邪気に賛辞を送ってくれたが、背後に立っているイバイの表情が少し険しくなった。恐らく仕える主よりも先に、国鳥をテイムする事で発生しうる問題に気づいてしまったのだろう。