「はぁ~休み明けの一発目の授業で抜き打ちテストなんてひどいよ」
試験が終わり一時間ほど大陸史に関する授業が行われた後、休み時間に突入しそれまで真剣に授業に取り組んでいたエリック殿下が脱力して弱音を吐きながら机の上で突っ伏した。
「アムールが教育に力を入れていると言うのは本当らしいな……内容を見たが、俺が生徒の立場だったらついていける自信がない」
「ヴィーダも負けてないって立場上言いたいけど、アムールの教育水準は大陸一だからね……」
エリック殿下と雑談していると、クリスチャン殿下が視界の端で講堂内を移動しているのが見えた。面倒なのでこちらに来てほしくないと言う念を送ったのもむなしく、側近達を連れながら俺とエリック殿下の元までやって来た。
「エリック殿下、抜き打ちテストはどうだった?」
「合格点は取れたと思うけど……急だったから結果がでるまで安心できないよ。クリスチャン殿下は?」
「俺も少し不安だな。意地悪な質問が多かった」
エリック殿下と話している時は、年相応の青年らしさがあるが……
「護衛のデミトリ殿もテスト用紙を受け取ってたが、どうだった?」
小ばかにするようにそう言い放ったクリスチャン殿下には、どうやら本格的に嫌われたようだ。
「浅学の身故に私では答えを導けない質問が多く、準備不足を感じさせないエリック殿下の回答を横で見守りながら感心しておりました」
「ほーう、学が無いのに王族の護衛が務まるのか?」
取り巻きの側近に囲まれてはいるが、周りに他の生徒が居ないせいかクリスチャン殿下は妙にいきっている。
「学がなくとも品のない者が相手であれば、如何様にでもなりますので」
「……後学のために、その品がない輩について詳しく教えてくれ」
エリック殿下があたふたしているが今回はクリスチャン殿下も引き下がるつもりは無いらしい。血管が破裂しないか心配になるほど顔を真っ赤にしながら、息を荒くしてこちらの返答を待っている。
「包括的に定義するのは難しいですね。一例になりますが他国の要人の客人に対して、任された仕事を全うできないのではないかと疑いの目を掛ける事自体が、その者に仕事を任せた要人を侮辱しているに等しい事。そんな当たり前の事に気づけない人間などでしょうか?」
限界を迎えたのか顔色が赤を通り越して真白になったクリスチャン殿下が歪な笑顔を浮かべる。
「ほーう?? 勉強になった。ありがとう」
「恐縮です」
良くそんな表情をしながら社交辞令だったとしても礼を述べられるなと感心していると、クリスチャン殿下がエリック殿下の方を向いた。
「時にエリック殿下」
「はい!?」
急な声掛けに俺とクリスチャン殿下のやり取りを静観していたエリック殿下が大げさに反応した。
「学園内は安全だが、老婆心ながら護衛は専門家に任せた方が良いんじゃないかと考え直した。デミトリは護衛を生業にしているわけじゃないだろ? 本当に護衛が務まるのか実力を確かめたい」
「それは……」
――少し機嫌を損ねただけで、護衛とは言え同盟国の王子の客人相手に敬称を付けないとは……底が知れるな……
「元々護衛の任を受け持ってたイバイ殿達と同程度の実力があると分かればそれでいいんだ。そうだな……指定の魔物を狩って貰って実力を測るのはどうだ?」
意地の悪そうな笑みを浮かべたクリスチャン殿下が、返答に困ったエリック殿下を待たずに話を進めようとしたので会話に割って入る。
「護衛を任せられている身で、殿下の傍を長時間離れるわけには――」
「どうしたんだ? 怖気づいたのか? 無理な注文をするつもりは無いぞ……そうだな、ハルピュイアの討伐なんてどうだ?」
側近達がクリスチャン殿下の裏でくすくすと笑う。その姿はまさに虎の威を借りる狐。兄のイゴールの影で俺を嗤っていた兵士達を思い出し、血液が沸騰したのではないかと錯覚するほど体に熱が籠る。
「護衛なら、あの程度の魔物一人で狩れるだろ?」
「クリスチャン殿下! ハルピュイアはアムールでもかなり上位の――」
抗議するエリック殿下の横で、収納鞄から冒険者ギルドで卸し損ねたハルピュイアの死骸を机の上に放り出す。
「「「「!?」」」」
「アムールに来る途中に襲われたので狩りましたが、これで満足して頂けますか?」
「な!? ちがっ―― まさか、一人で狩ってないだろ!?」
「そうですね。ハルピュイア三匹を仲間と二人で狩りましたが……要するにハルピュイア程度一人で狩れない人間には、護衛を務める力量が無いとクリスチャン殿下は仰るのですね?」
ハルピュイアの死骸に怯んだ様子のクリスチャン殿下が息を整える。
「……そうだ!」
「左様ですか……クリスチャン殿下のお連れの皆様は制服を着てらっしゃるので、彼等は側近兼護衛と言うことでしょうか?」
「? そうだが?」
「そうですか。と言う事は、彼等は全員ハルピュイアを一人で狩れる猛者なのですね」
自分達が話題の矢面に立たされるとは思っていなかった側近達が分かりやすく焦り出した。
「ハルピュイアを一人で狩るのはやぶさかではありませんが、疑いの目を向けられた以上クリスチャン殿下の側近の方々にもハルピュイアを一人で狩って頂かないといけませんね」
巻き込まれると思っていなかった側近達が一斉に硬直した。
「はぁ!? なぜ俺の側近が――」
「先程も言いましたよね? 私の能力を疑うのは私に護衛の任を任せたエリック殿下を侮辱するのに等しい事だと」
「そんなつもりは――」
「なかったと言い張るのであれば、クリスチャン殿下の側近達にもハルピュイアを一人で討伐させてください。その程度の魔物なら、護衛一人で倒せて当然なのでしょう?」