「エリック殿下を侮辱した事を謝罪して頂くか、ご自身の発言に責任を持ち、クリスチャン殿下の護衛を兼任する側近の方々にもハルピュイアを一人で狩る力量があると証明してください。狩れない場合は彼等の護衛の任を解いて頂きます」
「勝手な事を――」
「勝手なのはお互い様じゃないでしょうか? 先に他国の王子の護衛を勝手に試そうとして、力量が足りないと判断されれば解雇するべきと言い出したのはクリスチャン殿下のはずですが?」
クリスチャン殿下が両目を見開いて、信じられないものを見るような表情で俺を見つめる。
「もちろんハルピュイアを狩る事を選ぶ場合は不正が無いように、冒険者ギルドに見届け人をしてもらえるよう依頼を出すのでご安心ください」
「そ、そんな事が許される訳ないだろ! そもそもハルピュイアの討伐依頼は銀級以上の冒険者パーティーじゃなきゃ依頼を受注できな――」
胸元に手を伸ばし、首から下げていた冒険者証を取り出す。
「私はソロの銀級冒険者なので、側近の方々と私で臨時パーティーを組めば問題ありません」
「なっ!?」
「私とクリスチャン殿下の側近の方々、後は冒険者ギルドの見届け人で依頼に出向いて、私と側近の皆さんでハルピュイアを一人で一匹ずつ討伐すれば万事解決です」
冒険者証を凝視しながら愕然とするクリスチャン殿下を鼻で笑う。
「もしかして私と臨時パーティーを組めば良いと提案したのは出過ぎた真似でしたか? よくよく考えてみれば、ハルピュイアを討伐対象に指定したクリスチャン殿下は、ハルピュイアの討伐依頼を受注するためには銀級以上の冒険者の協力が必要なのをご存じでしたし……側近のどなたかが銀級以上の冒険者なんですよね?」
そう問いながら側近達を見渡すと、俺と目を合わせないように俯いてしまった。
「まさかとは思いますが……私に無理難題を突き付けておきながら、正規の討伐依頼ではなく無許可でハルピュイアを狩らせるつもりだったとは信じたくはないです」
「そ、それは……」
「仮にそうだとしたら他国の、それも同盟国の王子の客人相手にそのような仕打ち……国際問題になりかねないような事をクリスチャン殿下が思いつき、私とは違って聡明で学のある側近の方々が止めるべきと進言しないなんてあり得ませんよね?」
クリスチャン殿下の嫌味を返しただけだが、彼よりも後ろに立っている側近達が分かりやすく震え出した。
「側近の方々は気分が優れないようですね、一体どうされたんでしょうか? 私にハルピュイアを狩らせようとクリスチャン殿下が提案した時は笑ってらっしゃったのに……まさか他人が死地に向かうのを嗤うような性悪じゃないでしょうし、それぐらい自分なら簡単にできると思ったから笑ったんですよね?」
魔力の制御を緩めて揺らぎを発生させながら、側近達一人一人と目を合わせ言い聞かせるようにゆっくりと語り掛けた。顔色を悪くする側近達が多い中、一際気弱そうな側近がその場で失禁した。
――根性のない奴らだな……
「……話を戻しましょうか。勿論、私がハルピュイア相手に苦戦しても死にかけても手出しは無用です。死んでも構いません。ギルドにも事前に誓約書を提出します」
「デミトリ!」
そんなことしてはいけないと言わんばかりの悲痛な表情でエリック殿下が名前を呼んだため、安心させるためにアルフォンソ殿下を真似て静かに頷いてみた。一か八かだったが、意外にもこちらの意図を察してくれてエリック殿下が口を噤んだ。
――安心して欲しい。そもそもクリスチャン殿下もここまで言われたら発言を撤回してくれると踏んでいる。
「……その代わり、万が一クリスチャン殿下の側近がハルピュイアに臓物を貪られようと、私も一切手助けはしません」
クリスチャン殿下が息を呑み、側近たちは呼吸を忘れたのかと疑ってしまう程顔を紫にしている。沈黙が続き、彼等が話し出さないので仕方なく脅しを続ける。
「謝罪がないと言う事はハルピュイアの討伐に同意して頂けたんですね。それでは本日の授業が終わり次第一緒に冒険者ギルドに――」
「「「無理です!!」」」
「「「クリスチャン殿下!!!!」」」
堪らず声を上げた側近たちの声で正気に戻ったのか、放心状態だったクリスチャン殿下が慌てて口を開いた。
「エリック殿下! 貴殿の護衛の能力を疑ったことを謝罪する!!」
「……謝罪を受け入れるよ」
エリック殿下が謝罪を受け入れた事で分かりやすくクリスチャン殿下達が脱力する。
――度し難いな。他国の王族の護衛にケチをつけた上に、こんなふざけた理由で側近達を死なせたらクリスチャン殿下もただでは済まない。側近達はエリック殿下が謝罪を受け入れるまで断頭台に立っているような表情を浮かべていたが、この結末以外あり得ないと想定できなかったのか?
側近たちの不甲斐なさに苛立ち、自分でも理解できない程昏い感情が胸の中を渦巻いた。その感情をそのまま言葉に乗せて、放心状態のクリスチャン殿下に投げかける。
「謝罪して頂けたので、私も譲歩してクリスチャン殿下のご希望に沿わせて頂きますね」
「は?」
「私の畏まった話し方がお気に召されなかったようなので、クリスチャン殿下のご要望通り口調を普段の物に戻させて頂きます」
怪訝そうにこちらを見る殿下に、最大限の煽りを込めて最後の言葉を贈る。
「先程質問してきた品のない輩についてだが……今朝王威を振りかざして好き放題するなら、学生平等もなにもないと言ったばかりだろう? それにもかかわらず性懲りも無く王子と言う立場を利用して、俺を排除しようとするような人間も当て嵌まるとだけ言っておこう」
一瞬何を言われたのか分からない様子だったクリスチャン殿下の顔が瞬く間に真っ赤に染まり、何も言わず走り去ってしまった。呆けていた側近達がぞろぞろと後を追う中、一人だけもぞもぞと動けずにいる側近を呼び止める。
「おい」
「なな、なんです―― ひゃあ!?」
水魔法で全身水浸しにされた側近が、ぼたぼたと制服の端から水滴を降らしながらこちらを見る。
「漏らしたのがばれるよりましだろう」
「あ……!」
「火魔法が使える生徒に協力して貰ってある程度服を乾かしてから、寮に戻って着替えを取ってこい。何故水浸しになったのか教員に聞かれたら、おっかないエリック殿下の護衛を怒らせて水魔法を掛けられたと言ってもらっても良い」
「え、あ、えぇ? ありがとう、ございます……」
そそくさとクリスチャン殿下の後を追った男生徒を見ながら、ため息を吐く。
――やってしまったな……完全に頭に血が上ってしまった。