「え、えっと……あまり授業に出てなかったから、出席してくれてうれしいよ」
「……ありがとうございます?」
「……」
「……」
エリック殿下が必死に会話を続けようとしているが、流石に可哀そうだな……
「せっかく学生平等を掲げる王立学園に通っているんだ。特待生としてセレーナを招いた学園側にどんな思惑があるのか分からないが、この機会を活かして学友を作り学園生活を実り多いものにして貰いたいんだが……」
アルセはセレーナの事を目付け役と言うよりも、子を心配する親のような目線で見ている事に驚く。
二人の間にぎこちない沈黙が続き、エリック殿下が助けて欲しいと目配せをしたので会話に参加した。
「先程の抜き打ちテストは、学び舎に通った事のない俺が言っても説得力はないかもしれないが出題範囲も広く難問が多かった。授業に出ていなくて困ったんじゃないか?」
「そうかな? 別に、普通だったよ?」
「……苦手な教科や分からない所があれば、アルセ殿に聞くのも良いがエリック殿下に聞いてみるのはどうだ?」
「はっ、えっ!?」
舞い上がっているのか緊張に圧し潰されそうなのか分からない絶妙な反応をするエリック殿下とは対照的に、止水を擬人化したかの如く一切反応を示さないセレーナが余計に異様に見える。
エリック殿下を思って俺なりに助け舟を出したつもりだが、俺の提案は良く言ってもおせっかい、悪く言えばかなり大きなお世話なはずだ。
セレーナの反応……正確には無反応から察するに俺の提案は一切響かなかったようだ。
「私はいつも全教科満点だからいいよ」
「「全教科満点……??」」
事も無げにとんでもない事を言い放ったセレーナに、思わず俺とエリック殿下の驚愕の声が重なる。
「エリック殿下、デミトリ殿、セレーナの言っている事は本当だ。あれだけ冒険者として活動していて、いつ勉強をしているのか分からないが……」
自習でもしているのか……? それにしたって全教科で満点を取り続けるのは素直に称賛に値するが。
「全教科で満点を取るなんて凄いよ!」
殿下がそう言うと、セレーナが纏っている空気が変わった。
「……決まった問いに対する答えをそのまま答案用紙に書き出せても、その知識を活かせなければ意味なんてない」
「え……?」
まるで聞き飽きた台詞を吐き捨てるかのようにそう言ったセレーナが、虚空を見つめながら腹立たしげに舌打ちする。
「学力なんて私みたいなつまらない女には……無用の長物ってことですよ」
「……君がそう思うなら考え方を変えさせるつもりはないし、あくまで個人の意見として聞いて欲しいけど僕はそう思わないよ」
セレーナの変わり様に絶句していた俺とアルセだったが、意外にも先程まで会話を続けるのに困っていたエリック殿下がいち早くセレーナに返答した。
虚空を見つめていたセレーナがエリック殿下の方を向き、初めてしっかりと殿下と視線を交えた。
「……あなたに何が分かるんですか?」
「君の事は何も分からないよ。恥ずかしながら君のように全教科満点とは言えないけど……僕も王族の名に恥じない成績を維持するために日々努力してる」
王族と言う単語を聞き一瞬顔を顰めたが、セレーナは黙ってエリック殿下が話し続けるのを待った。
「仮に学んだ知識を学業以外で活かせなかったとしても、その研鑽はないがしろにしていいものじゃないと思うんだ。それに、蓄えた知識が一切役に立たないなんてことはないんじゃないかな?」
「……」
「学んだことが……些細な事でもいいから。少しでも生活を豊かにしてくれたら無駄じゃないと僕は思うんだ」
「そうですか……」
何とも言えない表情を浮かべたセレーナがそう言った直後、予鈴が鳴った。
「そろそろ私達は席に戻りますね」
「分かった、わざわざ気に掛けてくれてありがとうアルセ殿」
「当然ですよ! ただ、これからは魔物の死骸を教室で出さないでくださいね」
アルセにそう釘を刺されたが、自分でもなぜあんな非常識な行動に出たのか分からない。
休憩前と後で俺とエリック殿下の周りに座っていた生徒が席を離しているので、今更気を付けても既に他の生徒達からは危険人物扱いされていそうだ。
「忠告感謝する……」
アルセと共に去っていくセレーナの姿をエリック殿下が追っているのが視界の端で見えるが、気づかない振りをして席に着きながら先程の試験用紙を意味も無く眺める。
――全教科満点、か……セレーナは一体どうやって冒険者業と学業を両立しているんだ?
それだけではない。セレーナが全教科で常に満点を取っている事を、エリック殿下が知らなかった事もおかしい。それ程優れた成績であれば、学年首席になっていてもおかしくはない。
――出席日数が足りなくて除外されたのか、エリック殿下のような王族や高位貴族に対する配慮なのか?
特待生とは言え、平民が王族を差し置いて学年首席になってしまったらエリック殿下は心配ないがあの性格ならクリスチャン殿下は騒ぎそうだ。
「ピッ! ピー」
尽きない疑問が増えて行く中殿下の隣で再開した授業風景を眺めていると、シエルが突然鳴き出した。
幸いな事に他の生徒達には気づかれなかったが、上着の内ポケットからシエルを出して掌の上に乗せて戯れながら考え事を続ける。
――深く考えても意味はないな。先程は少し暴走してしまったが……今は殿下の護衛に集中しよう。他の事に頭を悩ませる必要はない……障害が現れれば排除するだけだ……
「ピーッピ?」
「……シエルもそう思うよな?」
「ピッ!」
「ふっ、気が合うな」