「セレーナはアムールの、二代目の王の婚約者だったの」
考えを纏めながら話しているのか、ゆっくりとフィーネが語り出した。
「公爵家で厳しく育てられて、生きる時間の全てを王妃に相応しい完璧な淑女であることに費やしたの。婚約が決まる前から、本当は体を動かすのが好きなのにずっと習い事や勉強ばかりさせられて――」
思い出しながら怒りが湧いて来たのか、徐々にフィーネの話す勢いが増していく。
「自分の事をずっと押し殺して、笑顔も見せず、我儘も漏らさないで公爵家と婚約者の王子に尽くしてた。なのに……」
また、あの謎の圧力に周囲が支配され空間が歪んでいく。
「他の令嬢に目が移った王子にあっさりと捨てられて、でっち上げられた罪で殺されたの」
「フィーネ――」
「許せない……誰にも愛されず、自分のことすら愛せないであんな最期を迎えるなんて……!」
「フィーネ! 頼むから落ち着いてくれ!」
耐え難い圧力に圧し潰されそうになりながらそう叫ぶと、我を取り戻したフィーネが力を収めて頭を下げた。
「ごめんなさい……!」
俺程度で謎の神の力に抵抗できるとは思わなかったが、咄嗟に全魔力を込めて水魔法で守ろうとしたシエルを胸ポケットから急いで出す。
「ぴよ……?」
「良かった……」
一瞬だけ目を開けたが、すぐにまたすやすやと眠り始めたシエルに変わりがないのを確認して安堵する。
――この状況で二度寝をするとは……俺以上に胆力があるんじゃないか?
「失敗ばかりして、本当にごめんなさい」
「……気にしないでくれ。俺も聞いていて気持ちの良い話ではなかったし、怒るのも理解できる」
シエルをポケットに戻しながら、ふといつかアルセに共有された劇の事を思い出す。
『特に波乱万丈だった二代目王と王妃の半生は未だに劇が上演される程国民に愛されている。他国の人間からしてみると、異常なまでに恋愛至上主義な考えを持った人間がいるのはそう言った背景もあるんだ』
「まさかとは思うが、アムールで人気の劇は――」
「……!! ごめんなさい」
一瞬、またあの圧力を解放したフィーネが胸の前で手を組みながら必死に力を押さえて深呼吸を繰り返す。
「すまない……」
「私こそごめんなさい……デミトリ君が想像してる通り、あの劇はセレーナ……ソレイルが悪役で、彼女から王子を救って王妃になった心優しい令嬢が主人公だよ」
皮肉を込めてそう吐き捨てたフィーネの瞳は怒りで燃えている。
――フィーネの言っている事が本当なら、死者に対する冒とくにも程がある。
いくらアムールとは言え略奪愛は醜聞になるはずだ。劇を流行らせて、一方的にソレイル嬢に非難が向くように仕向けた可能性が高い。
「反吐が出るな……」
「……私もそう思ったから、傷付いたセレーナの魂を拾い上げて幸せになれるように私の加護を与えて転生させたんだけど……」
「確か、強力な加護を授ける場合相応に強力な神呪も授けないといけないんだろう? それで神呪がセレーナの行動を歪めて苦しめているなら、言い方は悪いが本末転倒だな」
思わず言葉を濁さずにそう発してしまい、フィーネが項垂れる。
「あー……自己愛を補完するためと言っていたが、自制心が緩くなったセレーナは何故刀狩りの真似事をしているんだ?」
「……セレーナは死ぬ間際に『もっと自分の為に行動するべきだった』事を後悔して『どんな困難からも自分自身を守れる強さが欲しかった』って強く願ってたの。魂に刻まれたその思いが神呪の影響で……」
――そう言う事か……。
「……学業ではなく冒険者業に傾倒して、己を守るための強い武具を求める行動はその思いが神呪に増幅された結果なのか」
申し訳なさそうにフィーネが頷いた。
「神呪はどうすれば解けるんだ?」
「セレーナが自分の事を好きになれたら解けるんだけど……表向きは何も考えてないように見えるかもしれないけど、制御できない自分の行動を常に後悔してて自己嫌悪に苛まれてるの」
「自分を好きにならないと神呪が解けないのに、神呪のせいで余計に自分を嫌ってしまっているのか……」
自己愛に関連した神呪らしい問題と言えなくもないが……そうなってしまうと八方塞がりだな。
「学園にあまり登校しないのは貴族と王族と関わらなくて済むのもあるけど、自分の行動で誰かを傷つける位なら一人で冒険者でもしてた方が良いって考えてるからみたいなの。それでも強い武器を持ってる人と出会うと襲っちゃうから、余計に落ち込んでて」
「……いくら自制心が働かないとは言え、襲った相手に返り討ちにされる可能性や恨みを買って自分の身に危険が及ぶ可能性だって十二分にある。自分を守りたいと思う気持ちと行動が矛盾していないか?」