「待たせてすまない。デジレ教諭には事情を説明したので安心してくれ」
「デミトリ! お帰り」
「代わりに対応して頂き感謝します」
留学生寮の玄関ホールに入ると、わざわざ待ってくれていたエリック殿下とイバイに出迎えられた。特段様子がおかしそうな所はないので、ヴィーダ王国からの報せは悪い報せではなかったと願いたい。
「もう書簡の確認は終えたのか?」
「うん。ガナディアの使節団の件もあるからちょっとだけ心配だったけど、二つとも良い報せだったよ。一つ目はガナディアの使節団が年末前には帰国する事が決まった事で、二つ目は――」
エリック殿下が懐に忍ばせていた封筒を二つ取り出してこちらに渡してきた。白い封筒に繊細な蔦の模様とヴィーダ王家の紋章が金で箔押しされていて、あまりの豪華さに扱いに困る。
「これは?」
「アルフォンソ兄さんとグローリア姉さんの結婚式招待状。式は来年の春で日付も決まったみたい」
「そ、そうか……めでたいな」
緊急の報せの内容がまさかアルフォンソ殿下とグローリアの結婚式への招待だとは思っていなかったので、祝言を絞り出すのに妙な間が出来てしまった。
「僕も書簡を確認した時そんな反応をしたから気にしないで! 二人の仲をずっと応援してた身としてはすごくうれしいよ、ちょっと浮かれてるかもって思うけどね」
結婚式への招待は、苦笑いしながら頭を掻くエリック殿下にとっても予想外の内容だったみたいだ。
「……浮かれていると言うよりも、何か事情があるかもしれないな」
「事情?」
エリック殿下の顔は困惑一色だが、彼の裏で佇んでいるイバイは静かに頷いている。
「想像で話しているから間違っていたら指摘して欲しいが、王族の結婚式ともなると準備も大変だろう? 春に式を執り行うと聞くと大分先の話に聞こえるが、実際は準備期間が大分短くないか?」
「僕も詳しくはないけど、高位貴族も年単位で結婚式の準備をするって聞いたことがあるから……言われてみればそうかも」
「加えてヴィーダ王家は現在開戦派の件の後処理と、ガナディア王国の使節団の対応で多忙を極めている。この状況で、あえて春に式を決行することを決めたのには何か理由があるんじゃないか?」
「例えば、どんな……?」
ぱっと思いつく理由を口にしようとした時、エリック殿下の裏でイバイが今度は必死に首を横に振っているのが見えた。
「……分からないな」
「そんな! 絶対に何か思いついてたよね?」
「逆に、殿下は何か思いつかないか?」
「それは……」
イバイの方を見ると頷いたので、この対応で正しかったみたいだ。
――前世のモールス信号の様にヴィーダ王国では頷きで会話をする文化があるのかどうか、恥を忍んでいい加減誰かに聞いてみた方が良いかもしれないな……
「……事実か分からない俺の憶測を殿下に伝えてしまうと、殿下に先入観を与えてしまって思考を誘導してしまうかもしれない。間違っていても良いから、エリック殿下も何故二人が式を春に行う事情が何なのか考えてみてくれ。殿下の考えを共有して貰えたら、俺も自分の考えを話すと約束する」
「そっか、分かったよ!」
勢いよくイバイが首を縦に振っているのが見えたので、これで正解だったみたいだ。
「早速、自室に戻って考えてみるよ! 兄さんへの返事も書かないといけないし、午後の授業は出席しないでいいよね、イバイ?」
「問題ないと思います」
「じゃあまたね、デミトリ!」
イバイの了承を得たエリック殿下が留学生寮の奥へと消えて行くと、安堵の息を吐いたイバイがこちらを向いて礼をしてきた。
「ありがとうございました、デミトリ殿!」
「あれでよかったのか……?」
「完璧でした。長らくアムールで学園生活を過ごして来たエリック殿下は政に触れる機会が極端に少なかったので、帰国前に勘を取り戻して頂くためにも自立した思考を促すように我々も日々心を砕いていて……」
そこまで気に掛けるのは護衛業務の範疇を超えている。そして我々と言っていたが……。
「……従者団は殿下の護衛や身の回りの世話だけでなく、教育係も任されているのか? 大変だな……」
「ヴィーダ王家より、国の宝である王子を預かっているのです。大変やりがいのある仕事ですよ」
輝く様な笑顔を浮かべながらそう言い切ったイバイが、途端に困り顔になった。
「従者団一同、アムールへの配属に関しては流石に驚きましたが……」
「文化の違いは、中々難しいからな……」
「イバ~イ!」
「おっと、申し訳ありません。殿下に呼ばれているので失礼します!」
「ああ」
一人残された玄関ホールで、無くさないように招待状を収納鞄に大切に仕舞った。途端に今日一日やる事が無くなってしまったが、自室に戻ってもヴァネッサはまだ出掛けているはずだ。
――迎えに行くついでに、ギルドで何か手頃な依頼がないか確認してみるか。