「デミトリさん! お久しぶりです」
冒険者ギルドに入ってすぐに、ギルドに併設された酒場のテーブルでミミックのハッちゃんと戯れていたファビアンから声を掛けられた。
「ファビアンさん、この前は色々と教えてくれてありがとう、助かった」
「どういたしまして。コルボの雛は元気ですか?」
上着を開けて内ポケットを突くと、シエルがポケットの穴から顔を出した。
「ピッ!?」
シエルは俺を見上げてからテーブルの上で魔物の肉を貪るハッちゃんに気付き、急いで頭を引っ込めてポケットの中に隠れた。
「見ての通り元気だ。ハッちゃんはまだ苦手みたいだが……」
「魔獣は魔物を本能的に警戒するので無理もありませんね。今日は依頼の受注に来られたんですか?」
「ああ、仲間を迎えるついでに手頃な依頼がないか確認しようと思っている」
ファビアンが周囲に誰もいないのを確認してから、テーブルを離れて小声で耳打ちして来た。
「ギルド職員なので冒険者に妙な入れ知恵をするなと怒られそうですが、冬は労働依頼がおすすめですよ」
「そうなのか?」
「魔物や魔獣の討伐依頼は、天候に左右されるので拘束時間が長くなりがちなんです。討伐に出向いた後、吹雪で身動きが取れなくなる事もあります。その分報酬額が高いんですけど」
いい事を聞いた。週末中に討伐依頼に出向いて、雪の影響でジュールに帰れないなんて事が起こったら面倒だ。
「労働依頼はほとんどが王都内で完結するものが多いのと、意外と報酬が高いものも多いんです」
「そうなると、冬は冒険者達の間で労働依頼が争奪されていそうだな」
「……意外とそうでもないんです」
曖昧な表情を浮かべたファビアンが、いつの間にか移動して彼の足をペシペシと触手で叩くハッちゃんを持ち上げて自分の頭に被せた。
「冬も討伐依頼が人気なのか?」
「デミトリさんは、アムールの劇場で観劇された事はありますか?」
唐突に質問を質問で返され、第二王子の恋愛を題材にした劇を思い出してしまい言葉が詰まる。
「……無いな」
「往年の名作として何十年も舞台が公演されている作品だけでなく、数年に一度ぐらいの頻度で全く新しい作品が一世を風靡する事があるんですが……最近流行った劇にアムール出身の冒険者達が感化されてしまって……」
ファビアンが、俺の左腕に嵌められた銀の腕輪を指さす。
「デミトリさんが着けている恋仲の腕輪も、一時期流行った劇が由来なんですよ? 細かい作業が苦手な鍛冶職人が、思い人に指輪を送ろうと悪戦苦闘する話なんですけど」
「そうだったのか……なんでまた指輪じゃなくて、腕輪が流行ったんだ?」
「結局指輪を作ろうとしても不器用すぎて無理だったので、腕輪を送って告白に成功したからです」
実際に劇を見ていないのでファビアンから聞いた内容からしか判断できないが、俺個人としては全く響かない内容だな……
「私では上手く説明できなくてすみません、良い話なんですよ! 無理して取り繕うとするのではなく、等身大の自分が送れる最大の愛情表現で良いという話なので」
「そうか……それで腕輪を送るのが流行ったのは分かるが、冒険者達は何故討伐依頼を優先しているんだ?」
「今流行ってる劇の主人公が冒険者で、思いを寄せている女性の冒険者と飲みの席でどちらが多く討伐依頼をこなせるのか賭けをするという話なんですが……」
先程の鍛冶職人の劇の話をした時と比べると、明らかにファビアンの説明に熱が籠っていない。
「賭けに勝ったら相手の言う事をなんでも一つ聞くという勝負をして、結局二人共賭けに勝ったら相手に付き合ってほしいとお願いするつもりだったと言う、喜劇寄りの作品でして……私はあまり好みじゃなかったんですが、冒険者達が感化されてしまって」
――観劇をするつもりはないから別に良いんだが、ファビアンは容赦なく物語のオチを話すな……
仮におすすめの推理小説を聞いたら、犯人の犯行手順から動機まで説明しながら作品を紹介してきそうな勢いだ。
「……それで、劇の真似事を冒険者達がしているのか?」
反れた思考を停止させ、ファビアンに質問を続けた。
「ええ。おかげで労働依頼は溜まる一方で、その影響で報酬額が普段よりも更に吊り上げられている状況です」
「……色々と事情があり基本的に週末か、平日の午後しか冒険者活動をする余裕がないが、俺でも出来そうな労働依頼があれば受注してみる」
「すみません、助かります……!」
ファビアンと別れ、先日世話になった受付窓口の列にならんだ。今日もこの窓口は、他の窓口と比べて明らかに空いていて列が動くのも早い。
程なくして、自分の番が回って来た。
「デミトリさん、先日はコルボの討伐依頼を達成して頂きありがとうございました! 本日も討伐依頼の受注をご希望ですか?」
「いや、今回も我儘を言ってしまい申し訳ないんだが、稼働する時間を限定した形で労働依頼を紹介して欲しい」
「稼働する時間を限定すると言うと?」
「平日の日中は別件で動けないんだ。平日の午後四時以降か、週末にこなせる依頼があるとありがたいんだが」
「畏まりました。少々お待ちください」