目覚めると、そこには見知らぬ天井があった。
――……まさか、また転生していたりしないだろうな?
前世の記憶の影響か、嫌な想像をしてしまう。辺りを確認しようとするが上手く体を動かせない。酷い頭痛と合わせて体の節々が痛む。
「おはようございます」
「……!?」
視界の端から壮年の男性が急に顔を覗かせたと思うと、ひんやりとした細い指で首筋を触れられる。
「脈が早くなってますね、経過は良かったんですがもう少し確認が必要かもしれない……」
「……びっくりしただけだと思います。多分大丈夫です」
縁のない眼鏡の位置を片手で直しながら、なにやらぶつぶつと呟きながらもう片方の手元のメモを確認しだした男性を言葉で制止した。
男性の動きが止まり、首だけこちらに向ける。乱雑にまとめられた鳥の巣のような茶色い髪の毛を揺らしながら、ただただ見つめられる。
――なんだ? どうすればいいんだ?
無言の圧力を掛けられているようで居心地が悪いが、この場を離れたくても体が動かない。
「……おはようございます」
「……おはようございます?」
「なんだ、起きてるなら言ってくださいよ」
頭の中がはてなで埋まる。挨拶を返さなかったのがいけなかったのだろうか?
「今までも何回か目を開いてたんですがその時は意識がなかったので、びっくりしちゃいましたよ。紛らわしいので今度からは起きてるならちゃんと返事してくださいね?」
「それは……すみません……」
――沈黙していたのは、驚いていたからだったのか……
「治癒術士は繊細なんです、ただでさえ徹夜続きなのに。君は回復魔法の効きが悪くて色々と大変だったんですよ?」
少し紛らわしい反応をしたのかもしれないと思いつつ、早口で捲し立てられながら怒られている現状には何となく納得がいかない。
「回復魔法よりポーションの効き目が良かったのには驚きました。それでも治癒術士としての誇りがあります。魔力ポーションをがぶ飲みしながら夜通し回復魔法をかけたのは本当に久しぶりで――」
言われている内容を踏まえると彼の治療のおかげで一命を取り留めたみたいだ。色々と鬱憤が溜まっていそうなのは申し訳ないが、彼の言葉の洪水が止まりそうにもないので意を決して間を割って発言する。
「あの……! ミケル殿やラウル殿達は無事ですか?」
「……失礼、すこし興奮してしまいました。お二人とも無事です」
――良かった……
「彼らだけでなく、君のおかげで帰還できた者も多かった。私もその一人です。順序が逆になってしまいましたね、私は治癒術士のクリスチャンと申します。助けて頂きありがとうございます」
「既にご存じだと思いますが、デミトリです。こちらこそ治療して頂きありがとうございます」
ミケル達の無事を確認でき、安堵したのか体中の力が抜け強烈な眠気に襲われる。さすが治癒術士と言うべきか、クリスチャンが察して部屋の明かりを消してくれた。
「まだ本調子ではなさそうですね。今はゆっくりと休んでください」
――――――――
――城塞都市エスペランザ……まさか辿り着けるとは……
これまでの旅を振り返り、感慨にふける。
クリスチャンとの会話中、ミケル達が無事だった事に注目してしまい軽く流してしまったが……彼らがエスペランザに帰還した際に、意識を失った自分も一緒に都入りを果たしていたようだ。
知らぬ間にヴィーダ王国に入国していたのは何とも間抜けな話だが、立てていた目標を一つずつ達成できていることに充実感を感じる。
――ストラーク大森林の突破と、一応ヴィーダ王国への入国は果たしたな。
これからどうなるのかは分からないが、今は前に進んでいることを素直に喜びたい。
今後についてはいずれジステインと話し合うことになるらしい。色々とバタついているらしく、一先ず傷を癒すことに専念してほしいとクリスチャンから言伝を受けた。
――それにしても、綺麗な街だ。
窓の外ではレンガ調の建物に挟まれた、綺麗に整備された石畳の道を人々が行きかっている。
仲睦まじく腕を組みながら、散歩をする老夫婦。
配達の途中なのか、大きな荷物を背負いながら人を縫うように走っていく青年。
大量のパンが入った紙袋を、まるで宝物のように大事に抱えて歩く子供たち。
――平和だな……
窓辺から覗ける、都市のほんの一部かもしれない。それでも自分には、都市全体がそうなのだろうと思えた。
――質実剛健と言えば聞こえはいいが、生活するのではなくただ生きることを重視したグラードフ領の無骨な街並みとは大違いだな。
街に出たのは幼少の頃の数回のみだが、職業軍人が人口の大半を占めているグラードフ領の異質さを今更ながら実感する。
――やめだやめだ。
頭を激しく振り、無理やり思考を切り替える。過去に囚われてしまったら前に進めない。
――魔力感知の修行をしよう。
ここ数日窓の外を眺める以外特にやることがなかったため、再開していた魔力感知の修行に意識を傾けて無理やりグラードフ領の事を頭の隅に追いやった。