「あれはまだ検証が――」
「もしかして飛べるの??」
「ピ?」
期待を込めた眼差しでこちらを見つめるヴァネッサの肩の上で、状況をよく理解できていないシエルが首を傾げる。
「飛べるかどうかは分からないが、試した感じだとあれよりも浮けそうではあった」
「せっかくだから試してみようよ!」
俺自身飛行魔法を使えるかもしれないという浪漫に当てられたが、ヴァネッサも興味津々のようだ。
「着地の方法を考えてからじゃないと危険すぎて試せない」
「え? 池の上なら大丈夫じゃない?」
「高所から水面に落ちたら受ける衝撃は地面と大差ないだろう?」
ヴァネッサを諭そうとするが、俺自身飛べるのかどうか気にならないと言ったら嘘になる。
「危ない高さまで飛ばなくていいから、ちょっとだけ浮けるか試す位なら良くないかな?」
「それは……まぁ、本当に少し浮くだけなら……」
結局好奇心に打ち勝てず、帰る前に飛行魔法を試す事になった。魔法の準備をしていると、自分も浮いてみたいのかヴァネッサが体をぴたりとこちらに寄せてきた。
「……危ないから離れていてくれ」
「一人で飛ぶより、二人の方が負荷が高くて変に高く飛ばないだろうし逆に安全じゃないかな?」
――そんなに期待に満ちた目で見ないでくれ……
きらきらと輝いているのではないかと見紛う程ワクワクに満ちた瞳をしたヴァネッサの提案を断り切れず、俺の胴にしがみついたヴァネッサの体に腕を回す。
「……何があってもヴァネッサとシエルの事を守るから、とにかく俺に掴まっていてくれ」
「うん!」
「ピ!」
池の中で試した水膜の魔法で、俺だけでなくヴァネッサとシエルも保護して浮かすのは現実的ではなさそうだ。練習すればいつか可能かもしれないが、現時点では技量が足りない。
代わりに、水魔法だけではなく氷魔法で似たような事が出来ないか試すことにした。厚さ二十センチ、四方一メートル程の水の足場を作り出してから、魔力を込めて凍らせる。
「……水膜で自分を押し上げていた時は不安にならなかったのに、氷の足場になると途端に割れるんじゃないかと不安になるな」
「水は割れないから心配じゃなかったの? 私だったらお水の方がするっと体が抜けちゃいそうって考えちゃうかも。氷魔法はデミトリが魔力を注いでる限り普通の氷よりも硬いはずだから、大丈夫じゃないかな?」
ヴァネッサと会話しながら、発生させた氷の足場を水球や氷球と同じ要領で動かせることを確認する。先程までずっと池の中で水の抵抗を受けながら魔法を行使していたからか分からないが、初めて創った氷の足場はそれ程苦労せずに操る事ができた。
「よし、乗るか」
足元まで移動させた氷の足場の上に、ヴァネッサと一緒に乗った。恐らく問題ないとは思っていたが、滑らない事を確認するためにその場で足踏みを繰り返す。
「これなら滑り落ちると言う事はなさそうだな」
「氷なのに全然滑らないね?」
「魔力を込め続けて溶けるのを防いでいるからだと思う。魔法で作ったこの足場の表面はかなり滑らかだ、少しでも表面が溶けて水の膜が出来たら立っていられないはずだ」
自分でそう言いながら不安になってしまったので万が一の事が無いように氷の足場に込めている魔力を増やしながら、ヴァネッサの方を向く。
「準備は良いか?」
「うん、いつでもオッケー!」
「ピー!!」
氷の足場を水平に保つことを意識しながら、ゆっくりと地面から浮かせる。徐々に上昇していく視界にヴァネッサとシエルが興奮しているが、二人の身に何かあったらと考えると興奮よりも恐怖がまさり冷汗が頬を伝う。
「デミトリ、飛んでるよ!」
「ピ!!」
「……地上から二メートル位か? まだ飛んでいると言うより、浮いている範疇だと思うが」
「じゃあもう少しだけ高く浮こうよ!」
「ピー!」
俺としては全員で浮けたのを確認できたのでもう地上に戻っても良いと考えていたが、ヴァネッサ達はまだ物足りないらしい。俺の依頼に巻き込んで夜遅くまで二人を拘束してしまったので、感謝の意味も込めて期待に応える事にする。
「あまり上昇すると危ないから、あの木の天辺までで良いか?」
「うん、我儘を言ってごめんね?」
「気にしないでくれ」
ゆっくりと上昇しながら、池の横に植えられた常緑樹の頂上付近に辿り着いた。
「綺麗……王城まで見えるよ!」
「ピー!」
ヴァネッサ達は景色を堪能しているが俺はそれ所ではなかった。高さは大体六メートル程だろうか? ここから落ちたらただでは済まない。
万が一氷魔法が解けた場合どう対処するのか頭の中で考えを高速に巡らせていると、ヴァネッサの肩の上に乗ったシエルが俺の胸を小さな嘴でつついた。
「ぴ」
「「シエル?」」
木の頂上から見える王都の夜景に魅了されていたヴァネッサも、シエルの行動に気付き視線を肩に落とす。俺達の注意が引けたシエルが池に繋がる遊歩道の方に視線を移してから、小さな翼を広げて指差すように道の先を示した。
「あれは……」
不慣れな魔法の操作に神経を注いでいたため、いつもなら展開していた魔法の霧を怠っていた事を後悔する。遊歩道の先から見知った二人組が腕を組みながらこちらに向かって歩いてくる。
「クリスチャン殿下とコルドニエ嬢……なぜここに?」