「何奴!?」
武器を抜いた兵士達を刺激しないようヴァネッサと一緒に両手を上げながら、落ち着いた声色を意識しながら質問をしてきた兵士に返答する。
「銀級冒険者のデミトリだ。公園の池の清掃依頼を受けて対応していた」
「清掃依頼……?」
頭上に掲げた右手で胸元を指すと兵士は逡巡する様子を見せた後、ゆっくりと頭を縦に振った。慎重に胸元に掛けた冒険者証まで右手を伸ばし、取り出して兵士が確認できるように差し出す。
冒険者証に書かれた名前と等級が先程の俺の説明と一致している事に満足した顔をしたのも束の間、鬼のような形相で兵士が彼の横に立っていた別の兵士に物凄い剣幕で怒鳴り始めた。
「レオポルド!! 殿下が入園する前に公園が無人かどうか確認しろと指示していただろう!!」
「す、すみませんジャーヴェイス隊長! 閉園後なので、人は居ないものと――」
「言い訳は聞きたくない! 殿下に万が一の事があったらどうするつもりだったんだ!」
クリスチャン殿下の護衛か……夜中に一人で外出していないだけましなのか、護衛を残して公園に踏み入れた不用心さに呆れるべきなのか判断が難しい所だ。
俺とヴァネッサを囲む兵士達の背後に公園の外周を巡回するように歩く兵士達が見えるので、現在叱咤を受けているレオポルドがへまさえしていなければそれなりの護衛体制は敷けていたようだが……
「俺達はもう行っても良いだろうか? 公園内で異変があり、これから憲兵の詰所に向かう所なんだが――」
「何!? 殿下は無事か!?」
「殿下は無事だ、異変について念のため共有したが――」
「共有したという事は……見たんだな?」
ジャーヴェイスだけでなく周囲の兵士達の目元が険しくなった。言葉にはしていないが、殿下が婚約者以外の令嬢と逢瀬している所を見た俺達に対する警戒度を上げたのだろう。
クリスチャン殿下の関係者とは極力接触を最小限に抑えたいので早急にこの場を離れたいが、ジャーヴェイス達は満足のいく答えを得られるまで俺達を開放する気は無さそうだ。
「何を心配しているのか分からないが暗くて殿下と一緒にいた方は良く見えなかった……そもそも依頼を受けた時、閉園後の公園で作業をすると聞いててっきり誰とも遭遇しないと思っていた。殿下に出くわした時は驚いたぞ?」
追及されるのが嫌だったので矛先を無断で入園していそうな殿下達に逸らしてみたが、思いのほか効果的だった。それまで話の主導権を握っていたジャーヴェイスが初めて言葉に詰まる。
――殿下は公園が王家の所有物のため、王族ならいつでも出入りが出来ると言わんばかりの態度だったが……実際はそうではないのかもしれないな。
「殿下の安否を確認してからでないと俺の言っている事が信じられないと言うのであれば、確認を終えるまで待機するが……?」
「……そうだな、そうして貰えると助かる。レオポルド!」
「はい、すぐに確認してきます!」
レオポルドの事を見送った後、ジャーヴェイスを含むほかの護衛達が武器を仕舞ってくれた。それでも武装した兵士達に囲まれて立ち往生している事には変わらず、気まずい沈黙が訪れた。
「その、すまなかった。そもそも我々が、公園内が無人かどうかの確認さえ怠っていなければ君達にこうやって迷惑を掛けることも無かった」
驚いた事に沈黙を破ったのはジャーヴェイスだった。冒険者証を提示して、逃げも隠れもしなかった事で俺達の事をある程度信用してくれたのかもしれない。
「俺は気にしていない」
「私も気にしてません」
「ありがとう。言い訳になるが……急に夜の公園で散歩がしたいと殿下に言われ我々も気が立っていた」
――流石に逢引きの件は言葉を濁しているが不満をここまではっきりと口にするとは……クリスチャン殿下は人望が無いのか……?
不敬と捉えられてもおかしくない発言をしたジャーヴェイスの事を咎める素振りを一切見せない所か、周囲の兵士達はむしろ同調するように頷いている者が多い。
先程レオポルドを叱っていた時のジャーヴェイスの剣幕から、クリスチャン殿下を心底慕っているのかと思ったがどうやら違うようだ。
よくよく考えれてみればこんな夜中の逢瀬のために相当数の兵士達が稼働させられている……あの俺様王子が兵士を労わって特別手当を出す姿を想像できないので、憶測になってしまうが彼等にとってはあまり良い上司ではないのかもしれない。
「……色々と大変そうだな」
「大変……やりがいのある仕事だよ」
イバイも似たような事を言っていたが、彼と比べると言葉の端々から感じる悲壮感が明らかに違う。ジャーヴェイスの周りの兵士達も、何も言わずに死んだ目をしながら殿下達がお楽しみの最中であろう公園の奥に視線を送っていた。