「今の内に聞いておきたいんだが、公園の異変について詳しく教えてくれないか?」
「……クリスチャン殿下に危険は及ばないので落ち着いて聞いて欲しい」
自分の今までの態度を振り返ったのか、苦笑いをしたジャーヴェイスが頷いた。
「ああ、大丈夫だ」
「クリスチャン殿下を見かけた当初、鉢合わせないために封鎖されていた井戸の展示に身を隠したんだが……暗くて良くは見えなかったが、井戸の底に死体が沈んでいた」
死体と言う単語を発した瞬間、一斉に鎧の金属が擦れ合う音がした。
「俺はその道の専門家じゃないから判断が付かないが、膨れ上がって身元の確認もできそうにない位腐敗が進んでいた。事件性がある場合、恐らく犯人はもう居ないから殿下の身は安全のはずだ」
「そうか……」
兵士達が纏っていた緊張感が若干薄れ、ジャーヴェイスが悩まし気に頬を掻く。
「残念ながら、クリスチャン殿下に説明を試みたが池から退去させるために俺が嫌がらせで嘘を付いたと思われてしまい怒らせてしまった」
「それは……」
ジャーヴェイスが何とも言えない表情を浮かべ、周囲の兵士達から同情の目線を向けられた。クリスチャン殿下が思い込みで怒るのは日常茶飯事なのかもしれない。
「悩ましいな」
ジャーヴェイスが頭を抱える。
「我々は正式にはここに居なかった事になっている。君達にも、出来れば今夜我々とクリスチャン殿下に会ったことは口外しないで欲しかったんだが……」
――クリスチャン殿下が婚約者以外の令嬢と逢引きしている事実を、隠蔽するのに協力して欲しいと言う事か……?
「死体の第一発見者である君達に、発見時の状況について虚偽の報告をさせる訳にはいかないな……」
一瞬身構えたが、少なくともジャーヴェイスはクリスチャン殿下の都合で俺達に憲兵に嘘を付かせることに抵抗があるみたいだ。周囲の兵士達も、必死にどうするべきなのか考えている。
「死体の件とクリスチャン殿下は関係ないですし、伏せて報告するだけじゃだめなんですか?」
「いかなる理由があっても憲兵隊への報告に虚偽を混ぜるのは、それ自体が罪を問われる可能性がある。バレるバレないの問題ではなく、我々の都合で君達にその責を負わせる事自体許されない事だ」
ヴァネッサの問いに対するジャーヴェイスの真摯な答えに安心する。出会った当初はどうなる事かと思ったが、ジャーヴェイス達がまともな思考の持ち主達のようで良かった。
「バプティスト」
「はっ!」
「件の井戸を確認してきてくれ」
「承知致しました」
ジャーヴェイスに指示され一人の兵士が公園の中へと駆けて行くのと入れ替わる形で、意気消沈した様子のレオポルドが帰って来た。
「ジャーヴェイス隊長、殿下の無事を確認しました……」
「……何を言われた?」
「公園に入らないという言いつけを破った罰として、減俸を言い渡されました……」
それは流石に酷すぎないだろうか……?
「そうか……それだけで済んで良かったじゃないか」
「そんなぁ! どうにかして下さいよ隊長!」
「そもそも公園内が無人か確認しろと指示したのにそれを怠ったお前が悪い。降格処分や異動にならなかっただけましだと考えるんだ……十分罰を受けたから、私からはこれ以上この件については追及しない」
「うぐぅ……」
口ではレオポルドに対する厳格な態度を崩していないが、彼自身殿下の言い渡した罰が重すぎると感じているのはジャーヴェイスの表情から丸分かりだ。
「……話を戻すが、部下が君の言っていた死体を確認したら我々が代わりに憲兵隊に報告しよう」
「第一発見者の俺達が居なくても大丈夫なのか? それに、そんな事をしたら今夜ここに居た事が――」
「事件が発生したのであれば致し方ないだろう。それに、先程君は殿下を怒らせてしまったと言っていたな?」
「ああ」
言い掛かりで勝手に激昂したと言った方が正しいが……
「今すぐ憲兵隊に報告してしまったら、彼等は現場の検証に駆け付けてしまうだろ? そうしたら――」
「殿下達と鉢合わせしてしまうのか……」
二度も逢瀬の邪魔をされた殿下が、三度邪魔された時どんな行動に出るのか想像したくもない。
「死体の発見報告を故意に遅らせる事自体あまり望ましくないが、王族の都合なら憲兵隊も理解してくれるはずだ。本来であれば君達にも同行してもらいたいが……このままだと明け方まで待機させることになってしまうし、そこまでこちらの都合で迷惑を掛けられない」
「本当にいいのか?」
「任せてくれ。それに、事件現場の保全のために巡回していると思えた方が兵達も士気が上がる」
周囲を見渡すと、周りの兵士達も頷いている。
「気を遣わせてしまってすまない……報告を任せて貰えるのであれば正直助かる」