立ち上がりヴァネッサの肩の上に乗っているシエルに手を伸ばそうとしたカリストの腕を掴み、身体強化を発動しながら骨が折れかねない程力を入れる。
「いでででで!!」
「何をするつもりだ?」
「ごめんなさいぃ! 何もしないから、は、離してぇ!!」
カリストが涙目になりながら腕を掴まれていた個所を摩りつつ再び正座した。
「コルボの成体ならともかく、雛の見分けがつく人間は多くないはずだが……?」
「僕は通だからね! 国鳥だから表のお店では出回らないけど、会員制のお店だとたまにコルボの雛の姿焼きが出されて――」
「ピ!?」
何だと……!?
「待って、違うんだ! 僕もご相伴にあずかりたいからもし調理するお店を探してるなら紹介してあげようと思っただけだ!」
「何がどう違うんだ!」
「デミトリ、落ち着いて!」
ヴァネッサが必死に握ったままの俺の左手に力を入れているが、この怒りは別に神呪由来の物ではない。
「カリストには私がきつく言っておくから、二人はもう帰っても大丈夫だよ?」
気を利かせてセレーナが間に割って入ってきた。カリストに対する怒りは収まらないが、セレーナにこれ以上迷惑を掛けるのは避けたい……気持ちを押し殺して、彼女に頭を下げる。
「すまない、頼んだ。後……カリスト」
「ふぇ?」
「……殺そうとしてすまなかった」
カリストの人間性はともかく、謝罪をしないのは人としてどうかと思い彼にも頭を下げる。
「ワオ! 素直に謝れる子は嫌いじゃないよ! それじゃあ、今回の件を水に流す代わりにコルボの雛を食べる時は僕も―― あがっ!?」
「何様のつもりなのかな? デミトリさんは過剰防衛だったかもしれないけど、カリストも十分懲罰を受ける行動してるのを忘れてない? 依頼をそっちのけて関係のない一般市民に絡んで、身の危険を感じさせて交戦する理由を作った事、ギルドに報告されたいの?」
俺が何かをするよりも早く拳骨をカリストの頭に降らせたセレーナに詰められ、正座をしたままカリストがどんどんと背中を丸めて俯いて行く。
「ごめんなさい、調子に乗りました……」
「カリストの事は任せて、二人は帰って!」
「ありがとう……」
ヴァネッサと手を繋いだまま、再び学生寮に向かって歩き始める。あれほどの醜態をさらした後なので合わせる顔が無く、何も言えないまま静かに街の中を進んで行く。
「デミトリ、ごめんね……」
「ヴァネッサ? 謝るのはこちらの方だ――」
「違うの、そもそもデミトリがああなっちゃったのは月の女神の神呪のせいだよね?」
そう言う事か、俺の行動が間接的に自分のせいだと思わせてしまったのかもしれない。
「……俺の行動は俺のせいだ、狂気を制御できなかった俺が悪い」
「そんな事言うなら、デミトリは私が周りを狂わせちゃうのも私のせいだと思うの?」
「そんな事は無い……! そうだな……俺もヴァネッサも悪くない、悪いのは月の女神だ」
「神呪の解き方、ティシアちゃんに聞こう?」
「それが良いかもしれない……肝心のトリスティシアがどこにいるのか分からないが……」
――――――――
「随分と忙しい一夜を過ごしたんだね……」
明朝、イバイへの報告を終えて登校する前にエリック殿下にも昨晩の出来事を共有した。依頼中に発見した死体に関心を示さなかったわけではなかったが、一番エリック殿下が気掛かりだったのは当然かもしれないがクリスチャン殿下の婚約破棄計画だった。
「ルーシェ公爵令嬢に話すべきか判断が難しいね……個人的には共有した方が良いと思うけど、立場上……」
「ヴィーダの王子が、アムールの婚約事情に介入するのは望ましくないのか」
「端的に言うとそうだね。それに伝えるとしても方法が……」
エリック殿下が腕を組みながらトントンと指で肘を叩き考え込む。
「ルーシェ公爵令嬢の手に渡る前に誰が内容を改めるのか分からないから、手紙を送るわけにも行かないし……直接話すにしても理由も無く他国の第一王子の婚約者と二人っきりになる方法なんて……他の人が居る所で話すわけにも行かないから、授業の合間に共有できそうにもないし……」
「密告する手段がないのか……」
「今すぐ思いつかないだけでやりようはあると思うけどね? どうしても本人に直接伝えるよりも、第三者の介入が必要になる方法の方が多いから……例えば、ルーシェ公爵令嬢と親しい令嬢に伝言をお願いするとかね? その令嬢が信用できることが大前提だけど」
聞けば聞く程絶望的に思える。
ある程度無理をして密告すること自体は可能だろうが、そんな事をしたらヴィーダ王国に迷惑が掛かる。ルーシェ公爵令嬢は可哀そうだとは思うが、エリック殿下にはそこまでして彼女のために動く義理が無い。
「静観するしかないのか……」
「そんな事ないよ! 難しいだけで、僕は諦めるつもりはないし」
「だが、エリック殿下がそこまでする必要は――」
「ないかもしれないけど、ルーシェ公爵令嬢とはクリスチャン殿下経由で何度か話してるし顔見知りなんだ。特別仲が良い訳じゃないけど……少なくとも舞踏会でクリスチャン殿下に婚約を破棄されて辱められるべき子じゃない。一国の王子としては間違った判断かもしれないけど、個人的に見過ごせないよ」
殊勝な考え方だが、大丈夫だろうか……?
「それに立場に囚われて人として大切なものを見失うなって父上に口酸っぱく言われてきたから、ここで静観を決め込んだらヴィーダに帰った時怒られちゃうよ」
「……分かった」
ヴィーダ王の教えか……。
「とにかく、舞踏会まではまだ時間があるし色々と考えてみよう!」