二日ぶりにエリック殿下と校門を潜り校舎に向かうと、先日と打って変わって生徒達がこちらを遠巻きに見ている状況に困惑する。
「昨日、色々と疲れてたみたいだから敢えて話さなかったんだけど……デミトリの事が噂になってるんだ」
「……良い噂ではないのは何となく察せられるな」
「悪い噂ではないと思うよ? デミトリがヴィーダ王家からの覚えがめでたいソロ冒険者、幽氷の悪鬼と同一人物だって――」
「なっ!?」
校舎に入り、教室に向かいながらエリック殿下から共有された内容に頭を抱えたくなる。
「なぜ二つ名がばれているんだ……」
「じゃあ本当なんだ? 兄さんからの手紙にはそこまで詳しく書いてなかったから僕も半信半疑だったんだけど」
「……不本意ながら二つ名が幽氷の悪鬼なのは事実だ。だが、ヴィーダ王国内では俺と王家の関係は秘匿されていて間違っても『覚えがめでたい』なんて評価が流布されるはずがない」
教室に到着し、先日同様一番後ろの席についてからエリック殿下が筆記道具やノートを取り出しながら呟く。
「今のヴィーダの状況は断片的にしか把握できてないけど、情報が流通してるのは父上か兄さんがそうした方が良いって判断したからだろうし……ガナディアの使節団関連じゃないかな?」
「ガナディアか……しかし、俺もエリック殿下すらも知り得ない情報がなぜ学園で噂になっているんだ?」
「僕らが気にするべきところはそこだよね。現時点では誰が何の目的で噂を広めたのか分からないんだ」
また面倒事か……
まだ学園が再開して三日目と言う事実に頭を抱えたくなる。少なくとも年明けまで後数カ月、さらにヴィーダ王国に帰国するまで追加で数カ月の期間があると考えると心が折れそうだ。
「……遠巻きにされていると言う事は、俺の印象か間接的にエリック殿下の評価を下げようとしている人間が居るかもしれないのか?」
「昨日の時点で噂が広がり始めてたんだけど、普通に僕に噂の真偽を聞きに来た生徒も多かったから僕の評価は特に変わってないと思う。今デミトリと確認した感じだと、広まってる内容は事実だけみたいだから悪意はなさそうだけど……不可解ではあるよ」
「……事実であっても視点が変われば見え方も変わる。嘘を広められていないからと言って、悪意が無いとは言い切れないと思う……決めつけるのも良くないが」
俺の懸念を殿下に吐露すると、エリック殿下が机の上で整理していた筆箱を持ったままキョトンとした顔でこちらを伺う。
「どういう事?」
イバイはエリック殿下が政争から離れて久しいと言っていたが、こういった素直な反応は王子というよりも年相応の学生らしいな。
「そうだな……エリック殿下は俺がこれまで両手の指では数え切れない程人を殺めていると聞いたらどう思う?」
自分で言っていて胃がキリキリする。
正確には、間接的に殺した人間を含めて俺は既に二十六人の命を奪っている。
一部を除いて、全員俺の命を奪おうとして襲って来た相手達ではあるが……殺人行為を当然として受け入れてしまわないように戒めとして全員覚えている。
――これだけ人を殺しておいて、自分はまだ狂ってないと思っている時点で俺は……
「え!? 冒険者なら盗賊と戦う事もあるし……兄さんが開戦派と戦った時、一緒に行動してたデミトリが敵を討ったんだろうなって思うけど」
思考が反れそうになったが、エリック殿下の回答を聞いて意識が彼との会話に引き戻される。
「……その認識で間違っていない。俺の事をある程度知っているエリック殿下ならそう解釈してくれるかもしれないが、他の生徒達は違うだろう?」
「あ……」
俺の事をよく知らない生徒の立場で情報を聞いた時、どう反応するのか想像した殿下が慌てて開いた口を閉じる。
「今のは極端な例だが、俺が幽氷の悪鬼であるという事実も受け取り手次第で解釈が変わるはずだ。いくら隣国とは言え、他国の情報を迅速に掴めるだけの情報網と権力のある誰かがわざわざ噂を広めているんだ……情報が事実だったとしても、目的次第で悪意があって行動していてもおかしくない」
「でも、デミトリが幽氷の悪鬼でヴィーダ王家からの覚えがめでたいって広める事で達成できる目的って……」
流石アルフォンソ殿下の弟と言うべきか、先日答えを求める前に自分で考えてみる事を助言したからか早速実践しているようだ。ああでもない、こうでもないと唸りながら考えるエリック殿下に感心する。
一国の第二王子相手にかなり不敬な上から目線の感想ではあるが……心の中で思う分には問題ないだろう。
「難しいな……いくらヴィーダ王家の覚えがめでたくても、冒険者が苦手な生徒なら噂を聞いたらデミトリに接触しようとは思わなくなるかもしれないね?」
「そうだな、特定の生徒を俺に接触させない目的で噂を流したのは可能性としてあるかもしれない……そもそも俺と接触したいと考える生徒は皆無だと思うが」
学園の女生徒の間で冒険者が嫌われているのであれば、俺を介してエリック殿下に接触しようとする女生徒を牽制するために情報を流した線も無くは無いのかもしれないが……流石にそんな事は無いと思う。
「逆に、冒険者に興味のある生徒が俺に接触を試みるかもしれないな……」
またしても最前列の机に座っているセレーナとアルセを眺めていると、デジレ教諭が教室に到着した。
「みなさん、席について下さい! 授業を開始します!」
人数を間違えないために読み直して驚いたんですが、デミトリ人を殺めまくってますね……気になる方向けに内訳を記載します:
・エスペランザを旅立つ際襲って来たマテオとイザン
・ヴァシアの森で襲って来た光神教聖騎士団のホセ、アリッツ、パブロ
・ヴァシアの森で遭遇したデニスと三人の盗賊(襲われた訳ではなく自分から戦闘を仕掛けた例外)
・デニスを殺した後、追って来たモルテロを含む五人の盗賊
・ブレアド平原で装備を奪うためにモンスターキルしようとしてきた死体剥ぎの二人組
・ヴィーダの王都で決闘をしたエンツォ
・アルケイド公爵邸で襲って来た給仕、大剣使い、四人の魔法剣士、オリオル
・ルッツ大聖堂で戦ったガブリエル、サミュエル
※イニゴはアルフォンソ殿下が魔借の腕輪で洗脳したサミュエルに倒されたのでノーカン
※ラベリーニ枢機卿もトリスティシアが倒したためノーカン
※サミュエルは直接手を下した訳ではないものの、巻き戻しの異能を回避して毒殺する方法を考案したのがデミトリなのでサミュエルのみ間接的に倒したとしてカウント
※デミトリの性格的に自分のせいで死んだと思っているユーセフやカズマの事もカウントしそうと一瞬思いましたが、「自分の手で殺めた≠自分のせいで死んだ」と理解してるはずなので含めませんでした。