エリック殿下が昼食を食べ終えた後、しばらく雑談した後学園の校庭に移動した。
校門を潜り、雪一面の校庭に到着するとまだ昼休憩の終了まで十分ほどあるためほとんど他の生徒達が集まっていない中、やる気満々の様子で蛇腹の剣を抜き校庭の中心で佇むセレーナが異様に目立っている。
アルセの姿は見当たらないが、授業以外の時間は別行動を取っているのだろう。
「殿下――」
「僕の事は気にしなくていいよ!」
事前に事情を説明していたエリック殿下に送り出され、一人でセレーナの元へと足を運ぶ。
「デミトリさん?」
近づいて来る俺に気付いたセレーナが、ゆらゆらと蛇腹の剣を揺らしながらこちらの方を向いた。
「セレーナ、まだしっかりと感謝を伝えられていなくてすまない。先日は助かった……ありがとう」
「先日……あー、そんなに気にしなくてもいいよ?」
「そう言う訳には行かない、俺の暴走を止めてくれて本当に助かった。何か礼をさせてもらいたいんだが――」
セレーナの表情がパッと明るくなり、牽制するように早口で断りを入れる。
「――俺の剣を手放す以外で、礼をさせてもらいたい」
「ちょっ―― さすがに私もそんなお願いをするつもりはないよ!」
セレーナが手に持っていた蛇腹の剣を地面に突き刺し、心外だと言わんばかりに顔を膨れさせながら腕を組んでいるが……。
「気分を悪くしたのならすまない。ただ、あれは恩人の形見なんだ。易々と手放すわけにはいかない」
「……出会い頭に強引に貰おうとした私も悪いから、気にしなくていいよ。でも、お礼って急に言われても――」
少し考えた後、何かを閃いたのか組んでいた腕を解いてセレーナがぱっと手を合わせた。
「デミトリさんは武闘会に出る?」
「舞踏会……? エリック殿下の護衛として出席する事になると思うが……」
セレーナが冬の舞踏会に興味を示しているのは意外だ。パートナーを探すのも一苦労だろうし、出席しないものだと勝手に思っていたが……特待生なので参加が義務付けられているのかもしれない。
「参加はしないの?」
「参加……?」
他の客達と同様に踊るのかどうか問われているのだろうか?
「その予定はないが」
「そんな……! もったいないなぁ……じゃあ! 私は参加するんだけど、お礼として練習に付き合って貰えない?」
「練習……?」
グラードフ領から逃げ出す前まで一応俺は名ばかりの貴族だったが、ダンスをした事もダンスの仕方を教わった事も無い。
セレーナがダンスを練習するパートナーとして、唯一満たしている条件は異性だと言う事位だと断言しても良い。
「俺が相手ではまともに練習できないと思うが……」
「そんな事ないよ! お願いできないかな? 中々頼める相手が居なくて……」
セレーナがしょんぼりと肩を落としているが、無理もないだろう。
エリック殿下から聞いた限り冬の舞踏会は任意参加らしいが、特待生として学園に招かれたセレーナの参加が半ば強制的なものなのであれば色々と苦労しているはずだ。
中々練習相手が見つからないと言っていたが、セヴィラの村から王都まで出て来た彼女は今世ではダンスの練習などした事がないだろう。授業への出席もまばらで、色々な噂が立ってしまっている状態では練習相手を見つけるのも一苦労に違いない。
アルセにお願いすると言う手もあるはずだが……わざわざ俺にお願いすると言う事は既に断られたのかもしれない。彼に婚約者か恋人がいるのか分からないが、もし居たとしたらセレーナの練習相手を務める事に反対した可能性があるな。
公爵家の令嬢だったソレイルとしての前世の記憶があるので恐らくダンス自体は問題なくこなせるだろうが……本番前に練習をしないと落ち着かない気持ちは理解できる。
腹を括るしかないな……俺が相手をする事によって礼になるなら、全力を尽くそう。
「……分かった。俺でよければ力になるが……あまり期待はしないでくれ」
「本当に!? ありがとう! それじゃあさっそくだけど、いつ練習できる?」
ここまで喜んでくれるのは正直意外だった、想像以上に舞踏会が楽しみだったのだろうか?
「そうだな……急な予定の変更が発生しない限り、放課後か土日であれば大体予定を合わせられると思う」
「じゃあ、早速今日おねがいしてもいいかな!」
「ああ。ただ、服装が……」
ダンス用の衣装など持っていないが練習をするだけなら普段着のままで大丈夫なのだろうか?
「服装? 動きやすい服ならなんでもいいよ! 今日の授業が終わったら声を掛けに行くね」
「分かった。練習を始める前にエリック殿下を留学生寮まで送る必要がある事だけ了承して欲しい」
「それ位問題ないよ!」
「ありがとう、それではエリック殿下に事情を説明する為そろそろ戻ろうと思うが――」
確か、エリック殿下はセレーナの事を気に掛けていたな……
フィーネから依頼された、セレーナの抱える問題を解決するにあたって俺一人では力不足な可能性が高い。彼女が色々な人と話、誰とも関わらないでいようとする自分の殻を破る一助になるのであれば……エリック殿下と親交を深めるのも良いかもしれないが、勝手に巻き込むわけにはいかないな。
「――もしも、エリック殿下も興味があれば練習に誘っても良いだろうか?」
「え!? エリック殿下を……?」
瞬時に表情が曇ったセレーナを見て早計だったのかもしれないと後悔する。前世で王子である婚約者に殺され王族や貴族が苦手なのを失念していた。