「ダンスの練習相手!? 意外だね?」
「セレーナと話してみるいい機会じゃないか?」
「なっ―― な、何のこと? まぁ、ダンスなら僕も助言をできるかもだけど――」
セレーナと別れエリック殿下の元に戻ったのは午後の授業が始まる直前だった。舞踏会の練習について共有していると、校舎から現れたデジレ教諭が険しい表情をしながらクリスチャンと彼の側近達の集団を引き連れながら校庭に歩いて来た。
「みなさん集まってますね……それでは、早速授業を始めたいのですが……」
「デジレ先生、俺から説明する」
相変わらず下卑た笑みを浮かべながら、クリスチャンが困った様子のデジレ教諭の前に一歩踏み出て芝居めいた口調で話し出す。
「みんな、最近ある噂が広まっているのは知ってるだろ? エリック殿下の護衛がヴィーダ王家に仕える二つ名持ちの冒険者、幽氷の悪鬼だって」
生徒達の注目が一斉にこちらに集まるが、反応せず静かにクリスチャンを見据える。何を考えているのか分からないが、デジレ教諭の様子からしてろくでもない事を企てているのだけは分かる。
「そんな実力者がいるのに、魔法科の授業で教えを請わないなんてもったいないと思うだろ?」
「クリスチャン殿下、職員室でも説明しましたがエリック殿下含むヴィーダ王国の皆様に事前の説明も無く――」
「デジレ先生、固い事を言わないでくれ。副学園長の許可は取ってるって言ったじゃないか」
「そう言う問題では――」
デジレ教諭の様子からしてクリスチャンが無理を言っているのは明白だ。
学園長からではなく副学園長から許可を出しているあたり、クリスチャンの要望に応えつつ今回の件が国際問題になったら学園の総意ではなかったと言う逃げ道を作ったつもりなのだろうか? もしそうだとしたら副学園長はとばっちりというか、トカゲの尻尾切りに使われて可哀そうだが……
「デミトリ、断るから心配しな――」
「同盟国の武勇、幽氷の悪鬼の実力を目の当たりにするのはアムール学園の未来ある生徒達にとって良い刺激になるはずだ! アムール王家第一王子クリスチャン・アムールの名において、幽氷の悪鬼と我が国が誇る金級冒険者の模擬戦開催を宣言する!」
クリスチャンの演説めいた模擬線の開催宣言に生徒達から歓声が上がる。
「妙に盛り上がっていないか?」
「大丈夫、断るから……」
「……あの馬鹿が王子の名において開催を宣言したんだ、断ったら色々と問題にならないか?」
「……断らなかったら断らなかったで、一方的に王族の名を使って宣言さえしてしまえば意見を通せるって悪例ができちゃうから仕方ないよ」
意を決した様子のエリック殿下の後を追い、閑静を浴びて気持ち良くなっているクリスチャンの元に赴く。
「クリスチャン殿下、事前の相談も無しに僕の護衛を巻き込むのは止めて頂きたい」
「エリック殿下、先に言わなかった事は謝る。だけどそんなに怒らないでくれ、みんなだって噂の幽氷の悪鬼の実力が気になるだろ?」
生徒達から再び歓声が上がる。言っている事はこちらの方が正しいのに、生徒達を味方につけられたせいでまるでこちらが聞き分けの無いような異様な雰囲気が居心地悪い。
「噂がここ数日生徒達の話題の中心だったのはエリック殿下も知ってるだろ? 一度デミトリの本当の実力を見せてあげた方が、噂の真偽が分かって生徒達も学業に集中できるはずだ。生徒達の為にも協力してくれないか?」
クリスチャンはそれらしい屁理屈を並べているが……本当の実力とは何の事だ?
「貴殿が言っている事は詭弁だ!! 謝罪も疎かに説明も無く――」
「エリック殿下……大丈夫です」
言葉遣いが変わり明らかに怒っている様子のエリック殿下の言葉を遮り、目を合わせながら力強く頷く。俺の為を思って行動してくれるのは嬉しいが……そのせいでエリック殿下の評価を下げる訳には行かない。
「くっく、了承は得たぞデジレ先生!」
「……エリック殿下、デミトリさん、学園の不手際に関して私の言葉では不十分だと思いますが、心からお詫び申し上げます。この事は、後程改めて――」
「堅苦しいのは止しにして、さっさと模擬戦の進行をしてくれ」
学園平等が聞いて呆れるな……それが生徒が教諭に話しかける時に適切な態度だと思っているのか?
怒りで顔面が真っ赤になったデジレ教諭が言葉を呑み込み、クリスチャンを一瞥してから生徒達の方を向いた。
「これから模擬戦を実施します。生徒達は危ないので、私の後ろに居てください……デミトリさんと、対戦相手の方は修練場の中心までお願いします」
雪一面の校庭のどこか分からず一瞬立ち尽くしてしまったが、デジレ教諭が火魔法を放ち校庭の一画炎に包まれた。教諭を務めているだけあってかなりの魔法の腕前だ。しばらくすると、融けた雪が完全に蒸発し石張りの地面が露になった。
「デジレ教諭、一つ良いか?」
「なんでしょうか……?」
「模擬戦中俺は護衛の任を果たせなくなる……何もないとは思うが、今回の件で俺に謝罪するつもりがあるのであれば、代わりにエリック殿下の身を守ってくれないか?」
「……教師としては失格ですが、生徒全員ではなくエリック殿下を優先してお守りする事をお約束します」
「頼む」
下手したら国際問題に発展しかねない事態なので当然と言えば当然だが、デジレ教諭は今回の件について相当負い目に感じているのだろう。教師としての矜持を曲げてまで俺の願いを聞き入れてくれた。
意地悪なお願いだったが、こちらとしても傍を離れている間にエリック殿下に万が一の事があったら困る。