「説明すると長くなるんだが……今は何時なんだ……?」
「ついさっき午後の授業が終わったから、そろそろ末裔君の弟が迎えに来ると思うわよ?」
末裔……アルフォンソ殿下の事か。
「そうか」
「ぱぱっと共有したかったら……記憶を読めるわよ?」
「いや、せっかく再会できたんだ。ヴァネッサもティシアちゃんに会いたいはずだ。一緒に話す時間を作れないか?」
「ふふ……いいわね! 私もヴァネッサちゃんに会いたいから、そうしましょう!」
何故だか分からないが上機嫌なトリスティシアに髪をめちゃくちゃにされていると、医務室の扉が叩かれた。トリスティシアが立ち上がり扉を開くと、その先にはエリック殿下が立っていた。
「モネ先生、デミトリは――」
「もう大丈夫よ」
「ピー!!」
シエルがエリック殿下の肩から寝台に飛び移り、いつかと同じように首元に止まった。安心させるようにシエルを撫でていると、頭上で驚愕しているエリック殿下声が上がる。
「すごい! 服まで直って……?」
殿下の声釣られて体を確認すると、確かに身に着けている服は全て新品同様の状態になっていた。何かしらの、恐らく修繕の魔術が付与されている上着以外まで直っているのは、トリスティシアのお陰だろう。
「すごいでしょ、私が直してあげたのはみんなに内緒よ」
「え、あ、はい!」
人差し指を口の前で立てながらウィンクしたトリスティシアにエリック殿下が赤面しているが、相手が自分の国を滅ぼしかけた神だと知ったらどう思うだろう……兄であるアルフォンソ殿下とも折り合いが悪そうなのも、伏せていた方がよさそうだ。
「怪我は完璧に癒えたから問題ないはずだけど、念のため時間が経ってから再検診したほうがいいかもしれないわね」
「分かりました」
「医務室に来てもらってもいいし、私が検診に行くのも可能だけど……?」
なるほど、検診という体にしてしまえば自然に会えるな。
「どうする、デミトリ?」
「モネ先生には手数をかけてしまって申し訳ないが、留学生寮に検診に来てもらう事は可能だろうか? 学園で再検診を受けている間、殿下を待たせてしまうのは避けたい」
「僕は気にしないけど……」
エリック殿下の気遣いは嬉しいが、こればかりは譲れない。
「検診中、エリック殿下を待たせている間護衛が不在なのが問題だ。正直、今日も俺が不在だった間になにかあったらと考えると肝が冷える」
「それは……そうだね、分かったよ」
エリック殿下が納得してくれてよかった。シエルを落とさないように気を付けながら上半身を寝台から上げて、床に足を置きしっかりと力が入る事を確認してから立ち上がる。
「明日か明後日だと経過を診るには早すぎるけど、明々後日はもう週末ね。週明けの放課後に検診しに行くので良いかしら?」
「それで頼む」
「よろしくお願いします、モネ先生!」
「それじゃあ、もう授業も終わったから二人共寄り道をせずに気を付けて帰るのよ」
先生らしい振る舞いがあまりにも板に付いているトリスティシアに困惑しながら、エリック殿下と医務室を後にした。廊下に出ると、心配そうな表情を浮かべたアルセとセレーナが待っていた。
「デミトリ殿、怪我は……!?」
「この通り大丈夫だ。心配を掛けてすまない……医務室まで送ってくれて助かった。ありがとう」
ほっと胸を撫で下ろしたアルセの横で、セレーナが申し訳なさそうに頭を下げた。
「デミトリさん、再生魔法で治してあげられなくてごめん……」
「セレーナ……! デミトリ殿、彼女の力は学園側から秘匿するように言われていて――」
「本当に気にしないでくれ、この通りぴんぴんしている」
安心させるためにそう言うと、アルセだけでなくセレーナも苦笑した。
「治った風に見えても体力は落ちてるよね? 約束の事だけど、延期にしようって伝えに来たの」
「いや、待たせてしまうのも悪いし……問題ないぞ?」
「え? でも……」
多少体力を使うだろうが、ダンスなら今の状態でも問題ないだろう。
「大丈夫だ、問題ない」
「約束とは……?」
懐疑的な表情を浮かべたアルセだったが、彼は事情を知らない上に俺とセレーナの関係がかなり悪いと言う認識のままのはずだ。
「先日セレーナの世話になったんだ。お礼として、舞踏会の練習相手をする約束をした」
「武闘会!? まさか、デミトリ殿も出るのか??」
「いや、俺はエリック殿下の護衛で付き添うだけで参加する予定はない」
「エリック殿下の……?? デミトリ殿、エリック殿下、念のため確認するが……ぶとうかいにエリック殿下は参加するのか?」
アルセは一体何を言っているんだ?
「僕は舞踏会に参加するよ?」
「エリック殿下が参加しなければ、俺が護衛として付き添う事もないだろう?」
「え!?」
俺とエリック殿下の発言に、驚きの声を上げたのはセレーナだった。
「観戦じゃなくて、エリック殿下も武闘会に参加するんですか……??」
「観戦……? 観戦するつもりはないよ? ……僕が舞踏会に参加したらそんなにおかしいかな?」
「それは……」
何かが致命的に嚙み合っていない。全員が頭の上にはてなを浮かべている状況で、アルセが咳払いをしてから話し出した。
「セレーナ……君が話しているぶとうかいは、年末に行われるアムール武闘技大会の事だろう?」
「え、そうだよ……? ずっとその話をして――」
「「アムール武闘技大会??」」
初めて聞く物騒な催しに、思わずエリック殿下と声が重なる。
「やはりな……恐らく、デミトリ殿とエリック殿下は学園が開催する冬の舞踏会の話をしていたんじゃないか?」