「本当に良いの……?」
「誤解だったとは言え一度約束した事を曲げるつもりは無い」
木剣を構えながらセレーナと対峙する。セレーナもいつも使っている蛇腹の剣ではなく、通常の木剣を構えている。
「普段の得物と違うがそれでいいのか?」
「あの剣は趣味で使ってるだけだから。大会も普通の長剣を使う予定だよ」
蛇腹の剣はかなり特殊な剣だが……趣味?
「二人共、怪我をしないようにね!」
「危なくなったら私が止めに入る」
留学生寮の裏庭で俺とセレーナが対峙する傍でエリック殿下とアルセ、そしてシエルを預かったヴァネッサが観戦している。
ヴァネッサは今日の出来事を聞き、トリスティシアに直されたとはいえ怪我を負った直後の練習試合についてかなり後ろ向きだった。
セレーナに対しても、先日助けられたとは言え元々俺に関わるべきじゃないと言っていた相手だ……どう接すればいいのか分からず、難しい表情を浮かべてしまっているのも無理はない。
複雑な感情を押し殺しながらシエルを胸元に抱えたヴァネッサに見守られながら、俺とセレーナは臨戦態勢に入った。
「両者の準備が整ったので開始の宣言をします……はじめ!」
アルセの開始宣言と同時にセレーナが攻めてくるのを待ち構えていたが、一向に攻め入って来る気配が無い。じりじりと間合いを詰めては離れて、絶妙な距離でこちらの出方を伺っている。
「初めて私と戦った時も、さっきの模擬戦の時もそうだったけど……デミトリさんはあまり自分から攻めないよね!?」
「くっ……! そうだな、癖のような物だ!!」
問いかけながら切り込んで来たセレーナの一撃を凌ぎ、押し返しながら返答する。
「なるほど……!」
何に納得したのか分からないが、セレーナが重心を低くしながら足払いの要領で木剣を薙ぎ払って来た。
防ぐために剣を地面に突き立てて防御の姿勢を取っていると、薙ぎ払いを突如として中断したセレーナの突進をもろに胸に食らってしまった。
体重を乗せたセレーナの肩が鳩尾を強打し、転倒後息を整えている内に間合いを詰めたセレーナが俺の首元に木剣を添えていた。
「勝負あり!!」
「っ、げほっ……! や、はり、俺では、練習相手が務まらないんじゃないか……?」
「うーん……もったいないなぁ……」
俺の言葉を聞き流してしまったのか分からないが、心ここにあらずと言った様子のセレーナを見つめる。
「デミトリさんは後の先が得意なのか、もしかすると自分から攻める剣を学んだ事がないのかな?」
「それは…… そうだな、その認識で間違っていない」
立ち上がりながら、今まで経験してきた戦闘を頭の中で振り返る。
グラードフ領で指導を受けていた時は、身を守りながら僅かな隙を物にして劣勢を覆すような戦い方を常に強いられていた。
ヴィーダに亡命して以降も……基本的に襲われた時に生き残るための戦いを重視していて、自分から攻め込むという経験がほとんど無いと言っても過言ではない。
「あの夜、デミトリさんがカリストを襲った時はいつもと様子が違うみたいだったけど――」
あの時は狂気に侵されていたからな……。
「――止めに入って攻撃を防いでた時びっくりしたんだよ? 剣筋が真っ直ぐ過ぎて、いやらしさを全く感じなかったから」
「厭らしさ……??」
「絶対に致命傷になる一撃しか狙って来なかったでしょ?」
あの時セレーナを殺すつもりは無かったはずだ……改めて狂気に侵された時の自分に対する客観的な評価を聞き、背筋が凍る。
「すまない……」
「謝らなくても良いよ! 私の事を倒す実力があるのに、こうやって練習試合で一本取られちゃうちぐはぐさの理由が分かったから……でも、このままじゃだめだね!」
「そんな事を言われても――」
「デミトリさんは攻撃された後に反撃するのと、そもそも攻撃されないのはどっちが戦い易い?」
突然禅問答のような事を言って来たセレーナに呆気を取られる。
「……当たり前だが攻撃されない方がいいな」
「じゃあ、どうやって攻撃されないようにしたらいいと思う?」
攻撃されないためにどうするかだと?
「戦闘にならないように立ち振る舞えばいいのか?」
「違うよ! 難しく考え過ぎかな……答えは『相手が攻撃できないように先手必勝で叩きのめす』だよ?」
当たり前の様にそう言い切ったセレーナの言葉の裏に、彼女の戦闘に対する意識が垣間見える。
「それは……」
「私と出会った時、デミトリさんは私が剣を抜いてたのにすぐに攻撃に移らなかったよね? 優しすぎるよ。毎回攻撃されてから返しの手を考えてたら、絶対に後手に回っちゃうよ?」
「襲われてから反撃するのと、自分から危険を事前に排除するために攻撃を仕掛けるのでは……前者の方が――」
「人道に沿ってる? 倫理的に、人として正しい? そんなの死んだら何も意味が無いよ」
悔恨に塗れた痛々しい表情をしながら、セレーナが遠くの一点を見つめる。ずっと『正しい』ことをしていたつもりだったのに、殺された前世の記憶を回顧しているのかもしれない。