部屋に入室した時よりも更に疲れ切った様子で項垂れているジステインの言葉を待つ。一人きりで過ごしていた時以上に、部屋の中の静寂が際立つ。
――沈黙が辛いな……
所在気なく手で膝を摩っていると、ジステインが話し出した。
「色々とびっくりしたが、信頼して話してくれて感謝する。家名については……そうだな、私のような異能持ちでなければ事実確認が困難な上話がややこしくなることは想像に難しくない。立場上あんまりこういう事を言うべきではないのかもしれないが、あまり気にしなくてもいい」
「ありがとうございます」
――そんなに軽く流していいのだろうか?
少し不安が残るが、領主代行のジステインが良いというのであれば大丈夫なのだろう。
「今教えてくれた事も含めて君の亡命について話したいんだが、先にエスペランザについて少し説明させてくれ」
テーブルの上に置いてある建国記に視線を移しながら、ジステインが説明を始める。
「城塞都市エスペランザはヴィーダ王国の中でも少し特殊な場所だ。特定の貴族家が都市と周辺領地を管理しているのではなく、ここは王家管轄下の土地だ」
――領主代行と言った時少し気になったが、そういうことだったのか。
「理由は色々とあるが……一番の理由は過去この土地を預けられていたエスペランザ辺境伯家の失態によるところが大きい」
「失態……ですか?」
「武功を焦り、開戦派の貴族に扇動されてガナディア王国への侵略を独断で進めた。結果は君のご存じの通り、大敗だった」
――侵略は国の総意じゃなかったのか?
侵略戦争についての新事実に、頭が混乱する。
「終戦後、エスペランザ辺境伯家は取り潰しになり領地も王家に返還された。ストラーク大森林と言う自然の緩衝地帯があるものの、いつまでも管理者を不在にさせる訳にはいかない。そこで王家に任命された王国軍の人間が、代々領主代行を務めている」
「ジステイン様も王国軍に所属しているんですか?」
「そうだ。私も君と同じで貴族家の次男坊なんだが、兄が家督を継ぐ邪魔にならないように王国軍に入隊した。生涯を軍人として過ごすつもりだったが、領主代行候補の一人として白羽の矢が立ってしまってな」
ジステインの表情が少し暗くなる。
「ジステイン伯爵家は中立派で、開戦派の貴族家と深い繋がりがない。最終的に派閥関係や家格等を諸々考慮した上で、都合良く全ての釣り合いが取れていた私が今代の領主代行に選ばれてしまった」
――かなりの大出世に思えるが、不満があるのだろうか……?
歯切れが悪かったのが気になり、首を傾げる。
「不思議に思っているな……私は根っからの軍人気質の様で、貴族の駆け引きはどうしても好きになれない。異能を受け継がなかった兄を差し置いて、自分を当主に挿げ替えようとする話もあってな。そんなしがらみから解放されるために軍に入ったんだが……結局貴族絡みの面倒事の対応もしなくてはならない領主代行に任命されるとは、ままならないものだな」
ジステインが力なく笑う。
「まぁ、悪い事ばかりじゃない。かなり自由にやらせてもらっている自覚もある。息子の成長を間近で見守れる上、遠征にもそこそこの頻度で顔を出している」
「お忙しそうなのに……」
部屋に入って来た時の疲れ切った様子から領主代行はかなりの激務だろう。それにも関わらず頻繁に遠征に参加しているという事実に驚き、思わず疑問を口に出してしまった。
「仕事を優秀な部下達に任せて、適度に息抜きさせてもらっている」
「それは……」
――ジステインの部下の立場だと、かなりきついのでは……?
「何を想像しているのか分からないが、そんなに頻繁ではないしグリフォンに乗って行ってすぐに帰るから問題ないぞ!」
「グリフォン!?」
「ああ、君に出会った日もミケルからの報せを見てすぐに飛んで行った。領主代行の特権みたいなものだ」
――かなり気難しく、調教が難しい魔獣のはずだが……
「野営地の近くまで来ていたはずなのに、全く気づきませんでした」
「すごいだろう! 音もなく飛べる上に鞍に装着された魔道具のおかげで魔力感知もされない優秀な子で――」
『逆に魔力感知をされない方法は無いんですか?』
『基本的に不可能だと思います。仮に相手の魔力を自分の魔力と干渉させずにすり抜けさせたり、受け流す方法があったら国家機密扱いでしょうし。調べても見つからないと思います』
ジステインが物凄い熱量でグリフォンについて語っているが、クリスチャンが言っていたことを思い出し顔が引きつる。
聞いてはいけない事を聞いてしまったのではという焦りで、内容が全く頭に入ってこない。
「――まぁグリフォンの事は置いておいて、そろそろ本題に移ろうか」
――ジステインも気づいたのだろうか、目が泳いでいるようだが……
「ごほん。君が話してくれたことは私とミケルの異能で事実であると確認が取れている。加えて君は命を賭して、クラッグ・エイプに襲われていた第2騎士団の隊員達を救ってくれた。短い付き合いだが君の人柄は掴んでいるつもりだ。大前提として、私個人としては亡命について問題ないと思っている」
はっきりとそう言って貰えるのは、素直に嬉しい。
「ただ私の独断では許可を出せない。ガナディアから脱走兵が亡命を求めに来たことは、国の上層部に報告する必要がある。君から聞いた話を纏めた調書は、既に王都に提出している。バタついて君と中々話せなかったのは、その対応とクラッグ・エイプの件の事後処理に掛かり切りになってしまっていたからだ」
「お手数をお掛けしてしまい、すみません」
自分のせいでジステインの仕事が増えたと思うと、罪悪感を感じる。
「気にする必要はない、領主代行としてたまには……いや、いつも通り仕事をしただけだ」
――ジステインの部下達は、本当に大丈夫なのだろうか……
「とにかく! 今日君に教えてもらったことだが……調書は既に提出しているし、一旦私も聞かなかったことにする。君も他言しないよう気を付けてくれ」
「隠しても問題ないんですか?」
「先程エスペランザについて説明したのは、未だに開戦を望む貴族家が存在する事実を君に知ってもらった方がいいと思ったからだ。君の亡命について開戦派がどう反応するのかが心配で、王都への報告に手間取ったと言っても過言ではない。君がグラードフ辺境伯家の人間と知ったら、彼らが何をしでかすのか分からない内は秘密にしておこう」
終戦からかなり時間が経っているのにも関わらず、まだ開戦を望んでいる人間がいることに溜息を漏らす。
「魔力が増えた件や魔石についてだが……魔石はカテリナ達の持ち物として処理して問題ないだろう。魔力量も君は魔力制御が上手いから気づかれないはずだ。隠し事をさせてしまって申し訳ないが、協力してほしい」
「分かりました」
――ここまでジステインが警戒しているのは、少し心配だな。もしも開戦派の貴族に自分の素性がバレてしまった場合、具体的にどう動くのかは想像できない。ただ、戦争の火種にされてしまうのは勘弁して欲しい。
「君の処遇については王都から返事が来るまで保留になってしまう。申し訳ないが、引き続きこの部屋で待たせてしまうことになる」
「良いんですか?」
「……監獄にでもいれると思っていたのか?」
ジステインが不思議そうな顔をする。
「この部屋に居させて頂けたのは、傷が癒えるまでの一時的な措置だと思っていたので……」
「君は罪を犯したわけでもないし、不法に入国しようとしたわけでもない。無下に扱うつもりはないから安心してほしい。亡命についても、良い報せが帰ってくると思っている。あまり心配しなくても大丈夫だ」
肩を力強く叩かれ、びっくりするのと同時に安心感に満ちた。
「ありがとうございます」
「王都から報せが届き次第またお邪魔するよ。何か困ったことがあれば私の名前を出して構わないから気軽に聞いてくれ」
「困った事、ですか?」
ジステインが建国記を指で叩く。
「例えば、建国記はミケルの趣味だと思うが……もう少し娯楽的な物も頼めば手配できる。その気になったら食事を運んでくれる給仕に伝えてくれ、私の方から説明をしておこう」
そう言い残すと、手をひらひらさせながらジステインが部屋から出て行った。