「話が変わってしまって申し訳ないが……クリスチャン殿下の件はあの後どうなったんだ?」
殿下の気を紛らわせるつもりで別の話題を絞り出したが自分の対話能力の低さが恨めしい。
明らかにこの場で切り出すべきではない上に、殿下にとっても国の代表として正式にアムール王家や学園に抗議をした事など話していて気持ちの良い内容ではないだろう。
「そう言えばまだ話せてなかったね」
「すまない、ここで話すべきでは――」
「気にしなくても良いよ! デミトリとセレーナの練習試合が終わった後、その日の内にヴィーダ王国への手紙とアムール王家と学園に対する抗議文書を纏めて、翌日の朝には関係各所に送り終えたよ。ヴィーダに報せが届くのは少し時間が掛かると思うけど」
あの後エリック殿下から特段この件に関して共有を受けていなかったが、学園では平等が謳われているとは言え王族の言葉には相応の重さと責任が発生する。
予想はしていたがいくらアムールが同盟国とは言え『正式に抗議する』と宣言した以上、今回の件についてなあなあで済ませるつもりは無かったようだ。
「かなり迅速に対応を進めたんだな」
「これでも遅いぐらいだよ? 本当は当日中に済ませたかったんだけど僕もちょっと冷静さを欠いてたから……イバイの助言もあってまとめた抗議文書を一晩寝かせて、翌朝再確認して問題ないって確認できてから動いたんだ」
照れくさそうに頬を掻きながらエリック殿下が机に視線を落とす。
イバイがわざわざ抗議文書を送り出すのを翌朝まで保留にするべきと進言するとは……表にはあまり出していなかったが、殿下が今回の件について真剣に怒ってくれていた事が分かる。
「色々とありがとう」
「どういたしまして! クリスチャン殿下は昨日何事も無かったかのように登校してたけど……午前の授業中に呼び出されてからは帰って来なかった。アムール王家からも学園からも抗議文に対する正式な返答を貰えてないからどうなるのか分からないけど、今日も授業を欠席してるみたいだから取り敢えず謹慎中じゃないかな?」
あの一件では俺だけでなく他の貴族家の令息令嬢を含む他の生徒達、そして何よりも問題なのがエリック殿下の命が危険に晒されてしまった。
魔力暴走に限れば不慮の事故だと主張してあのベルナルドと言う冒険者のせいに出来るかもしれないが、魔力暴走が発生するに至った経由は完全にクリスチャンの責任だ。
「そう言えば、側近達も居ないみたいだが?」
「多分誰かが今回の責任を取らされるから、一旦全員自宅で待機させられてるんじゃないかな」
「今回の責任を……? 連帯責任ならまだしも、全ての責任を側近に押し付けるのは無理が無いか……?」
クリスチャンが責任を完全に逃れるのは、彼の言動と横暴をエリック殿下が見ているので不可能に思える。
責任を分散させるにしても、側近の誰かが殿下にああするべきだったと進言した位しかぱっと思いつかないが……たとえそれが事実だったとしても、側近の言葉を鵜呑みにして行動したあの暗愚がお咎めなしになるのはあり得ないだろう。
「クリスチャン殿下を諫めるべきだったのに後押しした、そもそも冒険者との決闘を進言したのが側近だった、クリスチャン殿下の言動と行動は褒められるものじゃなかったけど、発案者が側近で悪気が無かった……苦しいけどそう主張して、クリスチャン殿下の面子を保とうとするんじゃないかな?」
「仮に側近の内の誰かが発案者だったとして、行動に移して王族の名において決闘騒ぎを起こした張本人が一番悪いと思うが」
「不公平だけど彼はアムール王国の第一王子だからね。一切罰を受けないなんて事は絶対に無いけど」
自分自身もその特別扱いに当て嵌まるからか、エリック殿下が苦笑交じりにそう呟いた。
殿下の言う通りクリスチャンは腐っても王子だ。王族だから彼が過剰に守られてしまうのは頭では理解出来るが、納得は出来そうにない。
あの時エリック殿下や他の生徒達を守れていなかったらもっと大事になり話は違ったのかもしれないが、俺の行動はクリスチャンとアムール王家に言い逃れできる隙を与えてしまったのかもしれない。
「とは言え今回の件はデミトリが居なかったら大惨事になりかねなかったし……抗議文書にも書いたけど、落とし所としては停学処分になると思うよ」
「あれだけの事をして停学か……甘くないだろうか?」
「そうでもないよ? 停学処分を受けたっていう経歴の瑕は、デミトリが思う以上に王族にとっては重い罰になるから」
兄のアルフォンソによく似た悪い笑顔を浮かべながらエリック殿下が不敵に笑う。
「そういうものなのか?」
「言い方が悪くなっちゃうけど、力のある貴族なら多少瑕疵のある行動を取っても家の力で揉み消せちゃうんだ。それを踏まえた上で考えて欲しいんだけど、クリスチャン殿下はこれから王家でも隠蔽できない程の何かをしたって事実が一生付き纏う事になるんだよ?」
顔は笑っているが……。
氷のような冷たさを瞳に宿したエリック殿下から改めてそう説明され、エリック殿下が今回の件について表面化させていなかっただけで激昂している事実に今更ながら気付いた。