「見つからないな……」
「ピー……」
商業区まで出向かずとも、幅広い種類の店舗が揃っている学生区であれば最低でも一軒か二軒薬屋があってもおかしくないと高を括っていた。一時間ほど探しているが一向に見つからない。
大通りに面して店舗を構えていないのかもしれないと思い確認していた裏道を出ると、丁度ゴドフリーの鍛冶屋がある道に出た。店先には誰もいないが、店の奥からは槌が鉄を打つ音が聞こえてくる。
「すまない、ゴドフリーはいるか?」
「はーい!」
店の奥から野太い声の返事が聞こえると、鍛冶師用のエプロンを粘り気の強そうな橙色の液体で汚したゴドフリーが現れた。また、何か特殊な魔獣か魔物の素材を使った何かを鍛えているのかもしれない。
「あら、あなたは……」
「そう言えばあの時は名乗っていなかったな。デミトリだ」
「私もちゃんとは名乗ってませんでしたね、この鍛冶屋の店主のゴドフリーです。また来てくれる約束を覚えてくれたのなら嬉しいわ」
ゴドフリーが槌を持っていない方の手を差し出して来たので握手に応える。
「その、肩に乗せてる子は?」
「シエルだ」
「ピ!」
「可愛い名前ね、よろしくシエルちゃん」
ゴドフリーが手を伸ばし、俺の肩の上に止まっているシエルの頭を優しく撫でた。ゴドフリーはかなり大柄な男だが、握手をしていた時もかなり力を加減していたし問題ないだろう。何回かシエルを撫でてから、ゴドフリーがおれの方に視線を戻した。
「また来てくれたって事は、あの剣の手入れの依頼かしら?」
「あ……」
王都に到着してから色々とありすぎて、剣の手入れをしようと考えていた事を完全に失念していた。
しばらくはエリック殿下の休学と合わせて護衛として同行する機会も減る、それに緊急依頼の件が片付くまで冒険者ギルドで依頼を受ける予定も無い。
セレーナとの練習試合も、木剣を使用しているのでヴィセンテの剣を預けても問題ないはずだ。ヴィセンテの剣の手入れを依頼するなら、今が一番都合が良いかもしれないな。
「……そうだな、お願いできるだろうか?」
「それじゃあ代用の剣を見繕う参考にしたいから、剣を見せてもらう事は出来るかしら?」
「分かった」
話しながら店の中へと進みだしたゴドフリーの後を追い、展示された武器や武具の先の奥まった場所に設置されたカウンターまで移動した。ゴドフリーがカウンターの上に置かれた盾を仕舞っている間に収納鞄からヴィセンテの剣を取り出し、カウンターの上の開けてくれた空間に置く。
「この前見た時も思ったけど本当に綺麗な剣ね……持っても良いかしら?」
「勿論だ」
まるで宝石を扱うように慎重に剣を持ち上げてから、ゴドフリーが隅々まで確認していく。
まずは鞘に納めたままの状態で鞘の先から柄頭まで点検した後、鞘から抜いた刀身を入念に確認するだけでなく抜き身の状態で重心がどこにあるのかを見たり、測りを使って握りと刃の長さの比率を確認しだした。
途中からは俺も何を確認しているのか分からなかったので店内の商品を眺めながら静かに待つしかなかったが、一通り点検を終えたゴドフリーがヴィセンテの剣を鞘に納めた音で確認が終わった事に気付いた。
「かなりの業物ね……この剣と同等のものは流石に用意できないけど、耐久性と切れ味が落ちる以外は使い勝手がほぼ同じものを出せるわ」
「かなり有り難いが、そんなに都合の良い剣があるだろうか?」
てっきりそれなりに使える長剣を渡されるだけだと思っていたので、耐久性と切れ味が落ちるとは言えほぼ使い勝手が変わらない品を代用品として用意されるとは思ってもいなかった。
「学生区に店を出してるからこそよ」
「学生区に店を出しているから?」
「補助金で学生割引が利くのをいい事に、既製品じゃなくて自分用の剣を一から作りたがる生徒が毎年一定数いるの。いろんな体格や身長の生徒に合わせて作った刀身の長さも剣の重さも……それこそ素材や重心の位置も違う剣の在庫がたくさんあるわ」
「特注で多くの剣が作られているのは分かったが、購入されたならなぜ在庫を抱えているんだ……?」
俺の指摘にゴドフリーが分かりやすく肩を落とす。
「私も毎回忠告はしてるんだけど……成長期の子が一年生の時に自分に合わせて特注した剣が、学年が上がる頃には逆に使いにくくなってる事が多々あるの。鍛え直そうにも限度があるから、そう言う時は新しい剣を作る事が多いわ」
「なるほど……」
学園に入った時点で早熟で体格が出来上がっていれば問題ないが、それ以外の場合はゴドフリーの言う通り剣を特注したからこそ扱いずらくなってしまっていてもおかしくはない。
「それだけじゃなくて無計画に『冒険者になるんだ!!』って意気込んでた生徒が、やっぱり自分には無理って諦めてしまう事が本当に、凄く多くて……」
道半ばで冒険者の道を諦めた生徒達が手放した武器か。
「学園には、それほどまでに冒険者を目指す生徒が多いのか?」