「アムールでは子供達、特に男の子達の間で冒険譚が人気なの」
「なるほど?」
ゴドフリーがわざわざ『特』にと前置きをしたという事は、女児達にもある程度人気があるのだろうか?
「その中でも特に人気なのが二代目王の話なんだけど……そのせいで『武器の扱いになれるためにも、まずは既製品の剣を使いましょう』ってどれだけ勧めても、二代目王が学生の頃に打って貰った剣でハラーン軍を打倒したって逸話のせいで聞かない子が多くて……困っちゃうわ」
また王族の逸話か……アムールの民は影響されやすいと言えば良いのか分からないが、この手の話を神聖化し過ぎている気がする。
「そんな夢見る冒険者志望だった子の一人に、丁度デミトリと同じぐらいの体格の子が居たの。鞘を含めた剣の重さも、刀身の長さも、握りと柄の構造、重心の位置……微差はあるけど、ほぼこの剣と一緒だからかなり扱い易いはずよ」
「凄いな、打った剣を全て覚えているのか?」
「自分で鍛えた剣は全部覚えてるわよ」
そう言い切れるのは単純に記憶力が良いと言う訳ではなく、ゴドフリーが心を込めて一つ一つの剣を鍛え上げているからだろう。憶測になってしまうが、ヴィセンテの剣の扱い方を見ているとそうとしか思えなかった。
「あの子も冒険者になる夢は早々に諦めて今は家業を継いでるらしいわ。剣を手放しに来た時、記念に持っていたらどうって聞いたんだけど「自分にはもういらない」って―― 嫌だわ、私ったらどうでもいい昔話を話し過ぎてるわね。代用の剣を取って来るから少しだけ待ってて」
無理やり明るい声でそう言ったゴドフリーが話を切り上げ、カウンター奥の扉を開いて中へと消えて行った。
生徒達にとっては若気の至りで注文した剣かもしれないが、鍛冶師であるゴドフリーの立場からしてみれば客の為を思って丹精込めて鍛えた武器を何度も買い戻す羽目になるのは……少なくとも面白くはないはずだ。
「……今思えば、学生区を歩き回っていた時古着屋を見かけなかったな」
「ピー?」
「学生割引が利く学生区で生活用品や服だけでなく武器や防具までもが買えて、要らなくなったらすぐに返品か買取をお願いできる環境は教育に良くないのかもしれないな」
「……ピッ?」
俺が何を言っているのか分からない様子で首を傾げたシエルを撫でながらゴドフリーの帰りを待つ。
別に不要になった物をいつまでも保管する事が正しいと思っている訳ではないが……興味本位で特注の剣を作れて、要らなくなったらすぐに手放せるような環境が生徒の情操教育にいい影響を与えているとは思えない。
魂に染み付いたもったいない精神が前世の物なのか、生きるために必要な物を容易には手に入れられず、盗みまで働かざるを得なかったグラードフ領での生活のせいなのかは分からないが……アムールの事を知れば知るほど、自分の価値観とこの国での常識が掛け離れ過ぎていてどんどん苦手意識が強まって行く。
「待たせてごめんなさい、この剣なんだけど」
店の裏から戻って来たゴドフリーがカウンターに一振りの剣を置いた。テーブルの上に置かれたままのヴィセンテの剣と比較してみると、確かに似ている。
「確認しても良いか?」
「どうぞ!」
手に取った瞬間、似ているのは大きさや作りだけじゃない事を確信した。いつも持っているヴィセンテの剣と、この剣が全く同じ重さとしか思えない。鞘から抜いて軽く構えてみたが、間合いも重心も慣れ親しんだヴィセンテの剣と変わらない。
「凄いな……本当に似ているし、何より作りが良い」
「ふふふ、褒めても何も出ないわよ」
鍛えた剣を褒められてゴドフリーが上機嫌になったが、俺の感想は決して世辞ではない。
装飾などが一切施されていない代わりに、剣としての機能を徹底的に追及したかのような洗練された形。軽く振ってみたが一切刀身がブレず真っ直ぐに空を切る様は、命を預ける事が出来る剣だと確信させるには十分だった。
「もったいないな……」
「え?」
「代用として借りるだけではなく、この剣を購入する事は可能だろうか?」
この剣が倉庫の肥やしになっているのは本当に勿体ない。万が一の時に備えてもう一振り剣を持っていた方がいいと考えていたので、ゴドフリーから購入できれば一石二鳥だ。
「立派な剣を持ってるのに……褒めてくれたのは嬉しいけど、私の剣では全然及ばないわよ?」
「それは技術的な問題ではなく、恐らく素材が原因だろう? 俺の剣と比較して耐久性や切れ味が落ちると言っていたが、それ以外の部分で劣っているとは思えない良い剣だ」
「……! さっきの話を聞いて同情してるだけじゃないの?」
「同情心だけで命を預ける剣を買う程俺は酔狂ではない」
目を丸くして困惑気味だったゴドフリーが、ようやく俺が冗談ではなく本気で剣を購入しようとしている事に納得してくれたみたいだ。鞘に戻した剣を返すと、両手で受け取ってから大事に胸元で剣を抱えた。
「学生割引が利かないから、中古品とは言え高くついちゃうけど――」