「武器の手入れと合わせて幾らになるだろうか?」
「手入れ代が1万ゼル、剣は……中古だけどほぼ未使用の特注品だから五万ゼル。合わせて六万ゼルね……」
ゴドフリーが申し訳なさそうに俯いているが意味が分からない。幾らなんでも安すぎる。
「……以前学生割引は二割、その上学生区の物価は元々安いと言ってなかったか? 手入れ代はともかく、学生たちは特注の剣を一振り四万ゼルで買えてしまうのは流石に――」
「私なんかの剣には勿体ない値段だと思うけど……前も言ったみたいに国からの補助金と素材の融通があるから」
アムール王国の財政はどうなっているんだ……? メリシアの鍛冶屋で展示されていた鈍らでさえ、同じ位か酷い店では倍の値をしていたはずだ。
安すぎる値段と返品されている剣にばかり注目しているが、もしかして武器を手放さずに才能を伸ばして大成した冒険者達の生み出す経済効果が損害を打ち消しているのか……?
「やっぱり、買わないわよね」
「いや、購入させてもらう。武器の手入れも依頼したい」
俺が沈黙してしまったため、購入を渋っているのだと捉えられてしまったみたいだ。これ以上遠慮されてしまう前に、慌てて収納鞄から代金を取り出しカウンターの上に乗せる。
即決で購入を決めた俺に驚きながら、一瞬躊躇したもののゴドフリーが代金を受け取ってくれた。
「ありがとう……武器の手入れは任せて! 今日は別の依頼があるから、週明けから取り掛かって水曜日の早朝には受け取れる状態に出来るけど、それで問題ないかしら?」
「ああ、それで頼む」
「それじゃあ、早く手入れに取り掛かれるように今の依頼を片付けようと思うんだけど……確か、相談事があるって言ってなかったかしら?」
「実は、あの後セレーナと知り合ったんだ」
「えっ……!?」
思いがけもしない発言だったのか、ゴドフリーが手に掴んでいた硬貨を落としてしまい慌ててカウンターから転げ落ちてしまう前に拾い上げる。
「……大丈夫? あの子、まさかまた迷惑を掛けてない?」
「驚かせてしまってすまない、大丈夫だ。俺の認識だが、関係は良好だと思う……今は彼女が出場する武闘技大会の練習相手をしてる」
「なんでまたそんな事に……」
ゴドフリーが困惑してしまうのも無理はない。
「実はアムールに来ているのは……知り合いの護衛の為なんだが、その知り合いが王立学園の生徒なんだ。そこで再会して、色々とあったが和解した」
「そうなの!? 不思議な縁もある物ね……」
「そこで相談なんだが…………セレーナの出禁を解いてあげられないか?」
鍛冶屋に着いてから、ずっとセレーナの出禁の件が引っ掛かっていた。
ゴドフリーが以前彼の言っていた事が本当なら、確かセレーナは他の鍛冶屋でも色々と問題があり利用できないはずだ。武闘技大会も近い。このまま武器の手入れもできずに出場するのはあまりにも危険だ。
「いいの?」
「ああ、セレーナは他の鍛冶屋は店員が絡んできてしまい利用できないんだろう? ゴドフリーを頼れないとなると、色々と大変だろう」
「……分かったわ。デミトリがわざわざお願いするってことは、あの子ちゃんと謝れたのね? 私もあの後アースルスの角を返しに行った時こっぴどく叱ったんだけど……ちゃんと反省して謝罪できてるならいいわよ」
ゴドフリーもセレーナの事が心配だったのかもしれない。仕方が無くという体を取っているが、セレーナがちゃんと謝れたことが嬉しいのか頬が少し緩んでいる。
「本当に良かったわ……それで、もう一つの要件は?」
「実は、今日は薬屋を探すために学生区を訪れていたんだが見つける事が出来なくてな……途方に暮れていた所で、たまたまゴドフリーの店に通りが掛かったんだ」
「そうだったのね! 見つからないのも無理はないわ、ジュールに薬屋はないの」
薬屋がない……??
「どういう事だ?」
「商業区にある薬師ギルドが薬師を抱えていて、冒険者ギルドや治療院に薬を卸してるの。薬屋を薬師が個人で経営すること自体、法律で禁じられてるわ」
「そう言う事か……」
国の決まりと言ってしまえばそこまでだが、不思議な法律だな。
「かなり不便じゃないか?」
「そうでもないわよ? 一番ポーション類を使う冒険者はギルドの売店で買えるし、怪我をしたり病気にかかっても治癒院があるもの」
「そういうものか……」
「外国から来たデミトリからしてみるとやっぱり変かしら? アムールも、昔は薬師が個人で運営してる薬屋あったんだけど……色々とあったのよ」
思い出しながら語り始めたゴドフリーが遠い目をした辺りで、その色々がろくでもなさそうなことだろうと何となく察しが付いた。
「何があったんだ?」
「薬師が気に入ったお客さんの薬におせっかいで媚薬を混入させたり、違法な惚れ薬を売り捌く悪徳薬師が現れたり……」
本当にろくでもないことばかりだな……情熱の国ではなく情欲に溺れた国の間違いじゃないか。益々フィーネが守護しているとは思えないがあの中庭を訪れる理由が無い今確かめようがない。