「助けて~! ヘルプミー!!」
「……」
週末の昼下がり。ヴァネッサとシエルと一緒に商業区の本屋に向かう途中、人を避けるために通っていた裏道の脇に備えられた水路から、聞き覚えのある情けない声が聞こえて来て足を止めた。
声がした方向を確認すると、道の脇に積もった雪の一部だけ崩れその手前には見覚えのあるシルクハットが落ちている。
「行こ、デミトリ?」
「ピ!」
「……そう言う訳にもいかないだろう」
水路に誰が落ちているのか勘付いたヴァネッサとシエルが先へと進むことを促したが、幾ら関わりたくないと言ってもこのまま見殺しにしてしまったら流石に後味が悪い。
水路に近づき水流に流されまいと縁に必死に掴まっていたカリストの首根っこを掴み、身体強化を掛けながら一気に引きずり出した。
「うぉ!? 君はいつかのバーサーカースケベボーイ!?」
「水路に戻すぞ?」
「そんなにかっかしないでよ! ごめんって! ソーリーソーリー!!」
相変わらず軽口を叩いているが、震えながらなんとか暖を取ろうと腕を摩っているカリストの状態は決して良くないだろう。
水流に囚われずぶ濡れになった下半身がどれだけの時間氷水に浸かっていたのかは分からないが、体の芯まで冷え切っているに違いない。
「ヴァネッサ、頼む」
「……仕方ないなぁ」
俺が作り出した水牢を見てカリストがぎょっとしていたが、構わずヴァネッサが火球を作り出してゆっくりと水牢の中に沈めていく。火球のふれた位置から水蒸気が上がり、ぐつぐつと煮え立った水が気泡を作りながら尚も沈んで行く火球を包み込んだ。
水牢の中心で火球が尽きた頃には、即席だが温めの風呂と同程度の暖かさの水の塊が完成した。念のため手を水の中に入れ温度を確認してから、何が起きているのか分からず固まっていたカリストを掴んで水牢に放り入れた。
「うわっ!?」
「急激に体を温めたら逆に毒だと思ってぬるま湯にしたが、湯加減はどうだ?」
「えっ!? あ、気持ちいい……」
「一応、水温が下がったら火球を追加できるけどまたふざけた事を言い出したらそのまま茹でるから」
「ひっ!? わ、分かったよ」
カリストが顔を引きつらせながら、余計な事を言わないように固く口を紡いだ。しばらくそのまま待っていると、徐々にカリストの顔の血色が良くなり紫色になっていた唇にも色が戻って来た。
「そろそろいいか?」
「うん、でも……助けてもらった手前言い辛いんだけど、このまま魔法を解除したら僕全身ずぶ濡れになるよ?」
「心配するな、その場から動かないように踏ん張っていてくれ」
「え? うん」
水牢をそのまま解除するのではなく、一滴も水を残さないように全ての魔力を余すことなく移動させることを意識しながらカリストから引き剥がした。
水牢が彼の立っている位置の横にずれ、カリストの体が解放されたのを確認してから魔力操作を解除して水を水路に解き放つ。
「服がほとんど乾いてる!?」
「元々濡れていたズボン以外は乾いたはずだ。その状態なら問題ないだろう……じゃあな」
俺が操作していた水はカリストの体にも服にも付着していない。元々濡れていたズボンに関しては、水牢の水と一緒に一部服から剥がされて先程よりも乾いているはずだ。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「……なんだ?」
「ありがとう! 助かった」
「気にしないでくれ。達者でな」
カリストが感謝の言葉を述べ、落としたままのシルクハットを拾いに行ったのを見計らってその場を離れた。
「お風呂の魔法、上手く行ったね!」
「一緒に検証をした成果が出たな」
「ピー」
「でも、私達が試したのって体の一部だけだったよね? 初めてちゃんと浸かるのがあいつだったのがちょっと――」
「一番風呂は僕が頂いたってことかい?」
俺達に追いついて、しれっと会話に参加したカリストを見てヴァネッサが分かりやすく嫌な顔をする。
「……まだ何か用があるのか?」
「そんな冷たい事言わないでよ! 助けてもらったお礼位させてよ」
「当然の事をしたまでで礼などいらない。逆の立場だったらお前も同じ事をしただろう?」
「え!? いや、あの……僕だったらめんどくさいから見捨ててたよ?」
そこまで馬鹿正直に言い切られると、いっそすがすがしいと思えるから不思議なものだな……。
「そ、そんな目で見ないでよ! 横の彼女が僕を無視して行こうって言ってたの聞こえてたからね!」
「逆の立場なら見捨てる位だ。だったらわざわざ礼をするようなタマでもないだろう……何が目的だ」
「ピ!!」
威嚇するようにシエルが胸を張って翼を広げているが、小刻みに震えているのが分かる。この前カリストがコルボの雛が珍味などと言うふざけたことを言ったからに違いない。
シエルをカリストから遠ざけるためにヴァネッサに預けてから、腕を組みながら彼に向き直る。
「そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃん……」
「礼がしたいだけなら真っ先に否定する所だが、やはり他に目的があるんだな」
「あっ!」
ここまで分かりやすく「しまった」という感情を体現できるのはある意味才能かもしれないな。目と口を大開にしながら片手で隠していたカリストが、何か覚悟を決めた様子で勢いよく頭を下げた。
「……僕と冒険者パーティーを組んで下さい!」