「ヴァネッサちゃん、久しぶり!」
「ティシアちゃん……!」
――いつの間にか大分仲良くなっているな……?
約束通り、週明けの月曜日の放課後トリスティシアが俺の「健診」のために留学生寮を訪れた。俺達に貸し与えられた客室の居間で、ヴァネッサとトリスティシアが再会を喜び抱擁を交わしている。
「あれから私の方でも色々と聞いて回ってみたけど、二人共大変な目にあってるみたいね?」
「ヴィーダでの生活も平穏無事とは程遠かったが、正直アムールはそれに輪を掛けて酷く感じるな……」
「ふふ、呪われた国だから仕方ないわ」
「「呪われた国!?」」
「色々と聞きたいでしょ? 立ち話もなんだから座りましょう?」
突如告げられた事実に頭が追い付かないまま、トリスティシア促されヴァネッサと共に客室のソファに着席した。どこからともなくトリスティシアが紅茶を出したが、そんな事を気にする暇も無く思考が高速に巡る。
――ガナディアの使節団の件は片付いていないが、最悪の場合すぐにでもエリック殿下にヴィーダに戻る事を進言した方が良いのか?
「知りたい事がいっぱいあるわよね? 学園で過ごすついでにフィーネからも事情を聴いたから、気になる事があれば大体答えられると思うわ」
「っ!? それは助かる……まずは、この国の呪いについて教えてくれないか?」
「いいわよ。でも二人共動揺してるみたいだからまずは紅茶を飲んで落ち着いて? ハラーンから取り寄せた老舗の茶葉だから美味しいわよ」
それ所ではないと言いたい所だが冷静さを失っているのは確かだ。ほんのりと花の香りが漂って来る、普段飲み慣れた紅茶と比べて赤み掛かった紅茶を口に含む。
「おいしい……」
「ヴァネッサちゃんも気に入った? 後で茶葉を分けてあげるわね」
「本当に美味いな……」
ニコニコと俺とヴァネッサが紅茶を飲むのを眺めていたトリスティシアが、足を組みながら自身もテーブルに置かれたカップに手を伸ばして紅茶を顔に近づけた。
「ちょっとは落ち着けたかしら? それじゃあ、まずはこの国の呪いから説明するわね」
「頼む」
「デミトリとヴァネッサちゃんは知ってると思うけど、大陸諸国は基本的に建国時から守護神がついてるの」
「ガナディアなら、命の女神ディアガーナだな」
「ヴィーダは光神ルッツだよね?」
「そう言う事。でもアムールには守護神が居ないの」
『――恋を司るフィーネ様が守護神だからと言って、勉強の手を抜いて恋に現を抜かすのはだめですよ!』
デジレ教諭も言っていたが、アムールの守護神は愛の女神ではなかったのか?
「愛の女神は――」
「アムールの守護神じゃないわ。勝手に崇められて迷惑してるみたいよ?」
どういう事だ……?
「アムールを建国した王が愛の女神に祝福されてるって勘違いして、フィーネはそのまま国民から信奉されちゃったらしいの。『不本意だけど……信仰を集めてるなら守護しようかな』ってフィーネが思って愛し子を選んだ矢先に、二代目の王が愛し子を傷つけちゃったから守護神になることはなかったみたい」
守護されていると勘違いしながら、その実見放されているとはとんだ笑い話だな……。
「……だから呪ったのか?」
「フィーネはそんなことしないわよ? むしろ愛し子の生まれ育った国って理由だけで、守護神でもないのにアムールに掛けられた呪いを解いてあげようと頑張ってたらしいわ」
含みを持たせた言い方だな……俺がフィーネと対峙した時、彼女の関心はセレーナにしか向いていなかったように思える。アムールの王家に対して思う所もあるようだった。
『頑張ってた』と過去系なのは、昔はともかく今は積極的に解呪しようとしている訳ではないからなのかもしれない。
「ティシアちゃん、アムールに掛けられた呪いって具体的にどんな呪いなの……?」
「アムールに掛けられたのは欲神の呪い。欲しいものを目にしたら自制が利かなくなる……フィーネが愛し子のセレーナに授けた神呪をより酷くしたものと言ったら分かりやすいかしら? 強欲、物欲、食欲、性欲、眠欲、金欲……あらゆる我欲に忠実になってしまう呪いよ」
「国として機能出来ない程重い呪いじゃないか……?」
「なんとかなってるのはフィーネのおかげね。彼女が解呪を試みたから呪いが歪んで、色欲以外の欲は刺激されない程度に軽減されてるわ」
フィーネの尽力が無ければアムールはとっくに滅びていてもおかしくないな……。
「神様でも、他の神様の呪いは完全に打ち消せないの?」
「相性の問題もあるけど……神呪を打ち消すのは本当は大変なのよ? フィーネがアムールを見限ってた事実も不利に働いたはずよ?」
フィーネに見限られていなければアムールの守護神についてもらえて呪いも打ち消せた可能性があるなら、二代目王の罪は相当重いな。
「そもそもの話になってしまうが、どうして欲神はアムールを呪ったんだ?」
「どうしてかしら……そこまでは私も分からないわ。フィーネもその件については話したがらなかったから詳しくは聞けなかったの」