ルーシェ公爵令嬢の訪問に同席する事に同意したものの、理由も無く同席する訳にも行かなかったため名目上は護衛として参加する事になった。
応接室に備えられた向かい合わせのソファに座るエリック殿下の後ろに立ち、天井を見つめてなんとか気まずさを紛らわせようとしたが上手く行かない。
視線を天井から落とすと、ソファの間に置かれたテーブルに額が当たってしまっているのではないかと疑う程深々と頭を下げているルーシェ公爵令嬢のことを、エリック殿下が無言で見つめている。
「約束も無く、急な訪問だったにも関わらず迎え入れて頂き感謝致します。謝罪の言葉だけでは不十分なのは重々承知していますが、ヴィーダ王家に対する度重なる非礼、及び謝罪に赴くのに時間を要してしまった事をアムール王家を代表して心よりお詫び申し上げます」
「……」
――俺が同席する意味はあったのだろうか……? 一応、婚約破棄計画について話すのであれば当事者である俺も居た方がいいのか……。
重々しい沈黙が続き、意味が無いと理解しつつこの場に居る必要性について自問自答しているとエリック殿下がようやく口を開いた。
「ルーシェ公爵令嬢……いや、レイナ嬢。頭を上げてくれないかな?」
「……謝罪は受け入れて頂けないのですね」
「それは出来ないよ。そもそもレイナ嬢が謝るべき事じゃないから」
ゆっくりと頭を上げたルーシェ公爵令嬢の顔には化粧では誤魔化せない疲れがありありと滲み出ている。頭を下げた拍子に乱れてしまった青髪を顔から退けながら、エリック殿下の様子を伺うように鼠色の瞳が揺れる。
「私はアムール王家を代表して――」
「ごめんね? 僕は君が第一王子の婚約者であっても、婚姻関係を結んでないのにアムール王家の代表とは認められない」
声色は一見穏やかに聞こえたが、この件についてエリック殿下が一切譲る気が無いのが伝わる程度には厳しさも感じ取れた。ルーシェ公爵令嬢も察したのか、再び頭を下げた。
「それでは、せめて私個人として謝罪させて下さい。この度は我が国が数々のご迷惑をお掛けしてしまい本当に申し訳ありませんでした」
「レイナ嬢が謝る必要は――公爵令嬢の立場なら一応あるね。ルーシェ公爵家の謝罪は受け入れるよ」
公爵家の謝罪は受け入れても国を許すつもりはないと言われ、ルーシェ公爵令嬢も心穏やかではいられなかったのだろう。
アムール王家とルーシェ公爵家からどんな指示を受けてこの場に訪れたのかは知らないが……自分は何も悪くないのにこんな状況に陥ってしまい、心労が祟ったのか細かく目を痙攣させている令嬢の状態は見るに耐えない。
「レイナ嬢の用件は以上かな?」
「……はい」
「じゃあ、せっかくの機会だし僕の相談を聞いてくれないかな? 時間はあまり取らせない事を約束するよ」
「え、あの……私でよければ、喜んで」
言葉とは裏腹に何を相談されるのか分からず顔が引きつるのを必死に隠そうとしているルーシェ公爵令嬢を見かねて、先程よりも素の状態に近い声色でエリック殿下が優しく語り掛ける。
「レイナ嬢にとっても悪い話じゃないから安心して」
無言で頷いたルーシェ公爵令嬢は半信半疑の用だったが、若干表情が和らいだ。
「レイナ嬢はクリスチャン殿下のやらかしについて、どれ位把握してるのかな?」
「……エリック殿下と、護衛のデミトリ様に対して学園で働いた数々の無礼については全て把握しています」
――血色が少しだけ良くなったと思ったら、また顔が真っ白に……。
「そっか。実は学園以外でも色々とあって――」
――――――――
かなり頑張っていた方だとは思うが、気丈に振舞っていたルーシェ公爵令嬢もエリック殿下からゴドフリーとセレーナの件を聞き終えた頃にはソファから崩れ落ちてしまいそうなほど姿勢を崩しながら頭を抱えて固まってしまった。
「――それで、相談したいんだけど……その前に! デミトリ、あの件について共有して貰えるかな?」
「っ!? 分かりました」
エリック殿下が説明をした後、一言二言肯定するだけだと思っていたため急に振られてしまい頭が真っ白になりかける。急にエリック殿下以外の人間の声が聞こえたルーシェ公爵令嬢も驚いたのか、びくりと体を震わせてから頭を上げた。
「……改めまして、エリック殿下の護衛を務めているデミトリです」
「……ご丁寧にありがとうございます。ルーシェ公爵家のレイナと申します」
お互いぎこちなく自己紹介を終え、まごまごしていても仕方がないので早速本題に入る。
「急にこのような事を口に出すご無礼を先に謝罪致します。私はエリック殿下の護衛をする傍ら、冒険者としても活動しておりまして……先日とある依頼を遂行していた所クリスチャン殿下がクレアと呼ばれている女生徒と逢引きしている現場に居合わせました」
「……そうですか」
今までで一番平坦な声で、感情無く返答したルーシェ公爵令嬢の様子が気になるがとにかく共有を優先して話を進める。
「大変心苦しいのですが、私の存在に気付いていなかった両者はルーシェ公爵令嬢殿とクリスチャン……殿下の婚約破棄を企てていました。冬の舞踏会にて決行するとも」
「……クリスチャン殿下の心を繋ぎとめておくことができなかったのは私の不徳の致すところです。お見苦しい現場に遭遇させてしまって申し訳ありません。話し辛い内容でしたでしょうに、ご共有頂きありがとうございます」
ルーシェ公爵令嬢から酷く事務的に、震える声でそう言い切られた後余りの痛々しさに彼女の瞳から目を逸らしてしまった。
あんな奴の婚約者になったばかりに、エリック殿下への謝罪や意味の分からない婚約破棄計画に心を痛めたり色々と背負いすぎだ。
「ありがとうデミトリ。そこでレイナ嬢に相談なんだけど、セヴィラ辺境伯家と一緒にルーシェ公爵家にアムール王国から離反してヴィーダ王国について欲しいんだけどどうかな?」