吠えたフィルバートの背後に漂う煙の中から、新たに生み出された八人の分身が歩み出てきた。
「百人力……? お前を含めて十人しか――」
やめよう、相手にするだけ時間の無駄だ。
それよりもわざわざ煙の中から出現させたのは祝福の条件なのか? 見えない所からしか分身を生み出せないなら、俺の背後に現れた分身は観客に見られていただろうし説明が付かない。
「恐怖で固まってしまったか?」
今度は分身達は微動だにせず、本体だけが喋ったな……新しい分身達が現れた時、俺を背後から襲った分身も前に歩いていたがもしかすると……。
試しに俺を背後から襲った分身に水球を放つと、本体が放たれた水魔法と分身の距離を見誤ったのか十人のフィルバート達が一斉に見当違いの場所を守る構えを取り、水球に頭部を抉られた分身は音も無く消滅した。
「……見掛け倒しの能力の割に自信満々だったから呆れていただけだ」
「「「「「「「「「分身を一体倒したからって調子に乗るなよ!!」」」」」」」」」
一挙手一投足同じ動きで九人のフィルバートが憤慨しながら地面を踏み、推測が確信に変わる。
わざわざ自分を煙の中に隠して分身を動かしたのは分身が本体と全く同じ動きしかできない事を隠す為だろう。分身達の動きを制御していない時は本体だけでも動けるみたいだが、そうなると分身達は肉壁以上の役割を果たせない。
分身達が独立して動けないなら数の利を活かした連携も取れない。複雑な動きを要求する剣術を自ら封印したのも同然だとすると、恐らく奴の狙いは一つだ。
「どうした? 粋がる余裕があるなら早く攻撃してこい」
「「「「「「「「「減らず口を叩けるのも今の内だ!! 跡形も無く消し去ってやる!!」」」」」」」」」
横一列に並んでいたフィルバート達が一斉に両腕を前に掲げ、予想通り魔力の揺らぎが発生する。
「「「「「「「「「死ね!!」」」」」」」」」
フィルバート達が放った九つの獄炎が俺の立っていた位置で衝突し、凄まじい閃光と共に爆発した。轟音と共に吹きすさぶ熱風に舞い上げられた熱砂がじりじりと肌を焼き、高温によりガラス状に固形化した地面を見て放たれた魔法の威力に感心する。
「当たっていたら死んでいたな」
「「「「「「「「「へ?」」」」」」」」」
身体を浮かせていた氷の板から飛び降り、ゴドフリーの剣を分身達の先頭に立っていたフィルバートの頭に落下の勢いに任せて突き刺す。
骨が砕け肉の裂ける嫌な感触が剣越しに伝わって来て顔を顰めていると、周囲に立っていたフィルバートの分身達が塵となり跡形も無く消えた。
「しょ、勝者デミトリ選手!!」
いつの間にか静まり返っていた闘技場に司会の声が響く。観客達も正気に戻ったのか、まばらだが拍手が聞こえてきた。
「な、なんと、大会初参戦のデミトリ選手が優勝候補のフィルバート選手を容赦なく惨殺する形で開幕戦は幕を閉じました!! ヴィーダ王国では幽氷の悪鬼の二つ名で恐れられている彼がこの先どこまで勝ち進んでいくのか注目です!」
好き放題言ってくれるな……。
避けていなかったら死んでいたのは俺なのに散々な言い様だが……誓約書の件にどこまで関わっていたのか分からなかったが、大会運営がアムール王国、正確にはクリスチャン寄りなのはもう確定と考えていいだろう。
「デミトリ選手、今のお気持ちをお聞かせください!」
ゴドフリーの剣の歪な台座と化したフィルバートの頭から剣を引き抜き、湧き出た血飛沫に顔が濡れたのと同時に司会に問い掛けられる。
「……最悪の気分だ」
フィルバートの能力についてある程度推測が立っていたが、不確定要素が多すぎて手加減する暇が無かった。こんな相手でも……できれば不必要に命を奪いたくはなかった。
大会の規則が今回変わったとは言え、フィルバートを含め今まで戦った相手を誰一人殺さなかったらしいセレーナに頭が上がらない。
俺は……弱すぎる。
「あ、ありがとうございます! それでは、二回戦に勝ち進んだデミトリ選手は鷹の通路の先にある控室までお進みください!」
俺が入場した通路の方を見ると、出口の上に獅子の像が設置されていた。ぐるりと闘技場を見渡すと、司会の言っていた鷹の像が設置された出口を発見した。
軽く剣から血を払い、鞘に納めてから出口に向かって歩き出す。司会が観客達を盛り上げようとなにやら話しているようだが、聞かないようにしながらとにかく歩を進めた。