「はぁ……」
初戦を突破した選手用の控室に到着した直後、部屋の中央で薬品を検品していた人物と目が合いため息が零れる。
「なんでてめぇがここに……!?」
薬師ギルドの受付で出会った女を無視して適当なテーブルに座る。
「おい、聞いてんの――ひっ!?」
軽く払った程度ではフィルバートの血を取り除き切れなかった剣を鞘から取り出すと、薬師が狼狽しながら後ずさりした。ハーピーの死骸を見た時は騒がなかった癖に、妙な所で神経質らしい。
「手入れの邪魔だから離れていてくれ」
「てめ――武闘技大会に出場してるのか!?」
「違うな。無許可で選手控室まで来ただけだ。剣に付いてるのは俺を止めようとした係の返り血だ」
「っ! んなわけねぇだろうが!!」
「なら馬鹿みたいな質問をしないでくれ」
大会の最中に選手控室に入る人間が出場者以外に居るのか逆に聞きたい位だ。喚く薬師を無視しながら、収納鞄から手入れ用具を取り出し剣に付着した血を丁寧に拭き取っていく。
本当は鞘の中も綺麗にしたいがここで中を洗い乾かす訳にもいかない。武闘技大会が終わるまで我慢した方がよさそうだ。
「ちっ、本当に参加して……まさか銀級冒険者だって言ってたのも嘘じゃなかったのか?」
「……」
「おい、無視するんじゃ――っ!?」
「嘘でも本当でもお前には関係ないだろう。違うか?」
刃を覆っていた血液を完全に取り払い、鈍い輝きを取り戻した剣を薬師の首に当たる寸前で止める。剣を振った後になってなぜ自分がここまでいきり立っているのか疑問に思い始めたがやってしまったことはもう取り返しが付かない。
浅く呼吸しながら返答できずにいる薬師の喉元から剣を下げ、鞘に納める。
「……試合とは言え人を殺して気が立ってるんだ。放っておいてくれ」
「わ、悪かった……」
口ではそう言いながら、その場を離れない薬師に心の内が苛立ちで再び満たされていく。
「その、大会運営が選手向けにポーションを手配してる……中央に置いてある分は全部そうだ」
薬師がぎこちなく指した控室の中央には、大量のポーションが円形のテーブルの上に並べられている。
「良く分かんねぇけど今年は例年の倍高級ポーションを用意しろって無茶な緊急発注があったから、数も質もいいもんばかりだ」
薬師ギルドへ行った時、三徹がどうのと言っていたな……俺が薬師ギルドに訪れたのは学園で金級冒険者のベルナルドと戦った後だ。その直後にエリック殿下がアムール王家に抗議文を出したはずだ。
時系列を整理すると、クリスチャンは俺に仕返しをするためなのか分からないがあの決闘騒ぎの直後から動いていた事になる……奴を突き動かす無駄な原動力が何なのか分からないが、王子という立場も相まって最悪のかみ合わせをしているみたいだな。
「えっと、怪我はしてないか? 薬師ギルドはポーションの納品だけじゃなくて、使われた本数と等級を記録する必要があるから係の私から受け取る必要が――」
「怪我はしていないし、仮に今後怪我をしてもお前らの作ったポーションを飲むつもりは無い」
「はぁ!?」
馬鹿にされたと思ったのか薬師が憤慨しているがどうでもいい。俺が武闘技大会に参加している事を疑問がっていたが、あれも演技かもしれない。誓約書の件もある……大会運営は明らかにアムール王家と癒着している。
そもそも治癒術士や医療班を設けずにポーションだけで済ませようとしているのがおかしすぎる。何か別の思惑があると勘繰っても仕方がない。
細工がされている可能性がある以上ポーションも利用するべきじゃないだろう。
「怪我したらどうすんだよ!」
「怪我をしなければいいだけだ」
「馬鹿じゃねぇの!? 薬師ギルドのポーションの何が不満だってんだ!?」
「お前に説明する義理はない……いい加減放っておいてくれないか?」
わざと魔力の揺らぎを発生させると一瞬怯んだが、直ぐに立ち直った薬師がこちらに一歩踏み寄った。先程攻撃を寸止めしたせいで、 どうせ攻撃してこないと高を括られてしまったのかもしれない。
――あ―……面倒だ。殺せれば楽なのに。
「え?」
「……なんだ」
「今『殺せれば楽』って……」
青ざめた表情でそう言った薬師の恐怖に満ちた瞳を見て、はっと我に返る。蠢く呪力を押さえつけようと必死だったが、思考が影響されただけでなく言葉にしてはいけない考えまで独り言のように呟いていたらしい。
「……言っただろう、試合で人を殺したせいで気が立ってるんだ。お互いの為にこれ以上関わらないでくれ」
「ごめん、もう邪魔はしねぇ……ポーションが必要になって、気が向いたら声を掛けてくれ。薬師の誇りに誓って質の高さは約束する」
呪力を発散するために身体強化を全開にしながら薬師の詫びを聞き、軽く頷く。信じる事が出来ないのが残念だが……何となくだが本当の事を言っているような気がした。
「ぐっ……無念! だけど我が生涯に一片の悔い……いや、割と悔いある……!」
馬鹿げたことを言いながら、通路の入口でずしゃりと嫌な音を立てながら倒れ込んだカリストの声に再び呪力がざわめく。
「おい、酷い怪我じゃねぇか!! 兄ちゃん、悪いけど手当するのを手伝ってくれ!!」
「……分かった」
情けは人の為ならず。そんな前世の言葉を思い出しながら、本当にそうだろうか? という疑問を胸に重い足取りで薬師の駆け寄ったカリストの元へと向かった。