「いたっ!! いだだだ――」
「じっとしていろ。治療せずにこれ以上血を流したら本当に死ぬぞ? 痛みを我慢してポーションを飲め」
一人では立ち上がる事の出来ないカリストの首根っこを右手で掴み、無理やり立たせながら左手で彼の頭を掴みポーションを溢さない様に固定する。
怪我人の治療に慣れているのか、薬師が慣れた手付きでポーションをカリストの口に運び一気に飲ませた。先程は血濡れた剣を見て引いていたが……治療時と平時では意識を切り替えているのか淡々と治療をこなしている。
「ぷはっ! 身体の傷が瞬く間に……! もしかして君は僕を救うために神様が遣わせたエンジェル……!?」
「……体の傷は治ってるはずだけど頭に効く薬はねぇぞ」
「こいつがおかしいのは元からだ」
「ひどい!」
「もう自分で立てるな?」
元気を取り戻したカリストの頭を離し、念のため確認するとぶんぶんと首を縦に振ったので掴んでいた首元も離した。
「もう! 死ぬかと思ったよ、何なのこのふざけた大会は!?」
ぷりぷりとカリストが怒っているが、そんな事をしている場合じゃないと気づいていないのか?
「とにかく、二人共僕の事を助けてくれてありがとう! デミトリはもちろん、そっちのかわい子ちゃんにもお礼がしたいから是非お近づきに――」
「それ以上こっちに近づくんじゃねぇ!!」
「どうしたの? さっきはあんなに積極的だったのに――」
「カリスト、馬鹿な事を言ってないで早く着替えてこい」
「着替え?」
俺の視線に釣られて自分の体を確認したカリストが赤面しながらその場にしゃがみ込んだ。カリストはかなり……特殊な性格をしているので、人並の羞恥心があったことに驚く。
「ちょ、違うんだ!! 怪我のせいで意識が朦朧としてて気づかな――嘘でしょ、まさか観客にも見られたの!?」
「そこまでは分からないが……観客席までかなり距離があったから多分大丈夫じゃないか?」
「なんでそんなに冷静でいられるのさ!?」
「下半身を露出させてるのは俺じゃないからな」
どんな攻撃を受けたのか全く想像が付かないが、ばらばらに引き裂かれたカリストのズボンは丁度恥部だけが露出する最悪の形で辛うじて崩壊せずに留まっていた。
「こう、戦った時の服へのダメージって都合よくパンツだけセーフになるはずじゃないの!?」
「そんなことあるはずないだろう……」
「怪我人用の毛布があるから取ってくる!」
「いや、大丈夫だ」
見かねた薬師の申し出を断り、腰に掛けていた収納鞄から毛布とズボンを取り出し未だに体を隠そうと蹲るカリストに覆いかぶせた。
「わっ!」
「大きさが合うか分からないが替えのズボンと毛布だ。一回戦を勝ち進んだ選手達が控室に入ってくる前に、とっとと着替えた方がいいんじゃないか?」
「デミトリっ!? ありがとう、心の友よ!!」
勝手に友人扱いしないで欲しいな……。一応女性がいる手前服を貸したが、返却されてもあれはもう二度と履けないな……。
毛布をかぶりながら体を隠し、部屋の隅に移動したカリストに背を向けると薬師がこちらを覗き込んで来た。
「あれと友達なんだな」
「違うのは今のやり取りを見ていれば分かるだろう」
「ふん、私は察しが悪いみたいだからな。言ってくれないと分からねぇ」
「……言っても聞く耳を持ってくれなかっただろう」
「それは……ごめん、言い訳になっちまうが徹夜続きで本当に頭がおかしくなってたんだ」
そう言いながら薬師が視線を落とした先には、箱詰めにされたポーションが鎮座している控室の中央のテーブルがあった。
メリシアで世話になった薬屋の店主のラーラから、高級ポーションの生成には熟練の薬師でも最低一週間はかかると聞いた事がある。
先程の薬師の話しぶりから薬師ギルドが用意したポーションは全て高級ポーションではなく、中級ポーションも混ざっているはずだが……それでも数十本も高品質のポーションを揃えるのは尋常ではない労力が必要だったに違いない。
「……俺も、先程まで精神状態が良くなかったせいで少し脅しが過ぎた。悪かった」
「少しだけか?」
「歩み寄ろうとしているんだから勘弁してくれ……」
カリストの痴態を見て大分精神的な余裕を取り戻す事が出来た。
あまりにも間抜けな姿に呆れてしまい、先程まで心の内で渦巻いていた怒りがすっぽりと抜け落ちてしまった事実が何となく悔しい。
カリストの着替えを待っている間、薬師に頭の中で燻っていた疑問をぶつけることにした。
「真剣勝負に興じる選手達を同じ部屋に詰め込んで問題が起こらないとは思えないが、百歩譲ってそれは仕方がないとして……治療をお前一人に任せているのは流石におかしくないか?」
俺はカリストの治療を手伝ったが、他の選手達が同じように行動するとは残念ながら思えない。試しに先程戦ったフィルバートならどうするのかを想像してみたが……敵に塩を送る様な事は絶対にしないだろう。
「それは大会運営に言ってくれ……毎年治癒術士と護衛の手配をしてくれって抗議してるのに聞き入れてくれねぇ。一応二回戦以降に勝ち進んだ選手達が試合外で戦わねぇように、対戦相手同士の控室が分けられてるけど……それでも毎年何かしら問題は起きるな」
「控室が分けられてるのか?」
「兄ちゃんの対戦相手はこの鷹の間じゃなくて竜の間の方に送られたはずだ。結局勝ち進んだら同じ控室の選手とも対戦する事になるから、どの控室でも毎年トラブルが起こってる」
それは仕組みから破綻していないか……。
「次の試合で戦う相手じゃなくても、その次の試合で対戦する事になるかもしれねぇって治療の補助を断られたのも一度や二度じゃねぇ。兄ちゃんが素直に手伝ってくれて本当に助かった……ありがとな」
「気にしないでくれ。試合は真剣勝負だが……別に好き好んで人殺しをしたい訳でも、誰かを見殺しにするのを良しとしている訳でもない」
「普通はそうなんだけどな、普通は……」