隙間なく全身が裂傷で覆われ、ぼろぼろの状態で命乞いをするような体制を取っている石像を見て顔を顰めてしまう。瞳から流れた涙は傷口からあふれ出す血と混じり、怯え切った表情をより一層悲惨なものに仕上げている。
今にも動き出しそうなほど精巧で、憐れみと嫌悪感を誘う戦士の像を厭らしい手つきで撫でたレイモンドが、狂気に満ちた笑顔を浮かべながら俺の反応を伺うようにじっとこちらを見つめてきた。
「今手元にあるのがこんな凡作だけで申し訳ない。久々に作品を作る機会を得て、駄作になるのは覚悟していたけど酷い出来だ。だけど、君はもっと素敵な作品になるはずだから安心してくれ」
鷹の間で選手の人数を確認した時三十一人という半端な数だった。勝ち抜き戦で出場者数が奇数だと明確に有利になる選手が出るとは思っていたがそういうこともあるだろうと流していた。まさか……!
「彼に何をした……!」
「やっぱり君は見込みがあるよ! 皆まで言わずとも理解してくれるんだから……素材としては質が低かったけど、私のコレクションに加えてあげたんだ」
「えっと、意気込みを――」
下衆が……!
「おい、対戦相手の死体を弄ぶのを大会運営は良しとするのか!?」
「デミトリ選手、今はレイモンド選手の意気込みを聞いているので控えてください!」
もういい……聞くだけ無駄だった。怒りが呪力と混じりあい、体の中で暴れ始めているがもう抑えようとする気力も湧かない。
「……死亡した選手の遺体は、縁者からの申し出があるまで武闘技大会運営が管理します」
「くく、そして私は大会に参加する条件として臨時管理者の座を渡された。君をコレクションに加えた後は、愛しのセレーナを褒美で貰う事になっている。一日に極上の作品を二つも作れるなんて、本当に、本当にこんな恵まれた機会は滅多にない!」
渦巻く呪力を全身に巡らせながら、様子見などせずに殺す覚悟を静かに決める。
「私は必ず君をコレクションに加える!」
「レイモンド選手、意気込みありがとうございます! それでは試合開始!!」
俺と同様に話にならないと悟ったのか、司会が無理やり試合開始まで進行した瞬間レイモンドが左目を覆い隠す眼帯に手を伸ばした。
眼帯が外されるよりも早く自分の周囲に濃霧を発生させて視界を遮る。
「くく、良い! 素晴らしい察しの良さだ、駄作とは違って楽しめそうだ! それとも私の能力を知っていたのかい?」
朧げな前世の記憶を必死に掘り起こし、相手を石化させる能力について考え抜いた結果魔法か邪眼の可能性が高いという結論に至った。
眼帯をしているという理由だけで僅かに邪眼の可能性が高いと考え、視界を遮ることに賭けてみたがどうやら当たっていたらしい。
「愛しのセレーナに捕るまではそれなりに名を馳せていたから知られていても仕方がないか」
セレーナに捕まった……? セレーナが冒険者として活動している時にレイモンドと遭遇して捕まえたのであれば……何故犯罪者が大会に参加している? クリスチャンは犯罪者と手を組む所まで堕ちたのか?
「邪眼のレイモンドなんて捻りのない二つ名を付けられたのは未だに納得してないけどね。そういう意味では君が羨ましいよ、幽氷の悪鬼殿?」
返答はせず、濃霧の先に居るレイモンドの位置を新たに放った索敵用の霧で捉え、上半身を吹き飛ばすつもりで水球を放つ。
「なんとなく印象通りだけど会話は好まないみたいだね。開幕戦でも水魔法を使っていたと聞いてたけど、中々の威力だ! 私の作品でなければ防げなかったかもしれない」
視界が遮られたせいで位置関係を上手く把握できず気づかなかったが、レイモンドは石化された選手の石像の裏に回っていたらしい。
駄作と呼ばれ死後も弄ばれている選手に攻撃してしまった後悔に蓋をして、考えを巡らせる。
水魔法について『聞いた』と言っていた上に、さっき俺を倒したらセレーナを貰うなどとふざけた事を言っていたが……クリスチャンと何かしらの取引をしただけでなく俺の戦い方や使う魔法も共有されたに違いない。
逆に俺はレイモンドが邪眼を持っている以上の情報が無い。接近戦も封じられ、視界を遮った状態で何をされるのか分からないまま悪戯に時間を浪費してしまったら不利になる一方だ。一気に片を付けなければ……!
濃霧に隙間が出来ない様細心の注意を払いながら水牢を生成して霧の中から逃がし、濃霧の維持に集中力を奪われながらレイモンドを捕えるために水牢を放出した。
後少しで着弾しそうだった所で、レイモンドが高速で真上に飛び上がり回避されてしまった。索敵用に放った霧の範囲から抜け出たレイモンドの位置が分からず、霧を操作するために仕方が無く水牢を解く。
「くく、飛んで避けるのは君だけの専売特許じゃないと言う事だ」
クソ、全てが後手後手に回っている……!
「どうかな観客の皆様方! デミトリ君が見えないと試合が面白くないと思わないか!?」
「そうだー!!!!」
「隠れてばっかりいないで正々堂々戦いなさいよ!!」
「卑怯だぞー!!」
馬鹿なのか……!? 一回戦で石化された選手を見て何も思わないのか!?
「その霧は不評らしいぞ? 健気に頑張っている所悪いけど、臨時とは言え今だけは私も大会関係者だ。観客達のためにそろそろ邪魔な霧はどかせてもらうよ?」
頭上で魔力が揺らぎ、空が落ちて来た。