上空から暴風を叩きつけられ、魔力操作で維持しようと抵抗したが轟音と共に濃霧も霧も跡形も無く晴らされてしまった。
「くく、これだけの風魔法を食らってまだ隠れられるとは中々にしぶといな」
攻撃の予兆を察知した直後闘技場の砂を大量に巻き上げて濁水と化した水魔法を、自分を守る様に半球状に展開し凍らせて何とか身を守る事には成功したが……次の一手がない。
――クソ、霧と風魔法の相性が悪すぎる! せめて攻撃が当たれば――。
「考え事かな?」
「!?」
自分を守っていたはずの氷の壁が一瞬にして石に変わり、ばらばらになって崩壊した。開けた視界の先には、いつの間にか地上に戻っていたレイモンドが腰に手を掛けながら心底面白そうにこちらを観察していた。
「良い表情だ! だけどまだ足りないな!」
「さっきからごちゃごちゃとうるさい!」
見られてしまったのならもう隠れる意味は無いと判断してレイモンドに斬りかかったが、風を纏って後方に飛んでしまった奴に攻撃は当たらず、振り下ろした剣は虚しく空を切った。
「すまないね、私は剣の腕は凡人以下なんだ。代わりに魔法で相手をしてあげよう」
強烈な魔力の揺らぎを感じて水の防壁を作るか一瞬迷ったが、レイモンドの魔法の発生が早すぎて確実に間に合わない。
辛うじて頭を守る様に腕を交差させ身体強化を発動する事に成功したが、レイモンドの放った真空の刃をもろに受けた右肩の先から左腰にかけて装備と体が裂けた。
速度を重視しているためか幸いな事に致命傷は負っていないが、今後同じ攻撃を放たれたら避けられそうにもない。何回も食らっていれば、いつかは限界を迎えるのは必須という事実に焦りが走る。
歯を食いしばりながら痛みを堪え、飛びながらこちらを見下ろすレイモンドに向かって水球を放つ。焦る様子もなく、嘲笑うような笑みを浮かべながらレイモンドは宙を舞う落ち葉のようにひらりと水球を躱した。
「さて、君はどれ位持つかな?」
レイモンドが話している隙に風魔法を防ぐ水壁を生成した瞬間、透明だった水が瞬時に石と音を立てながら崩壊する。
「ちっちっち、ダメだよデミトリ君。隠れようとしたら石化しちゃうから、観客が楽しめる戦いを心がけよう? ほら、みんな派手な戦いが見れて興奮している」
戦闘に集中するために観客の声は意識の外に追いやっていたが、レイモンドの指摘で耳障りな歓声が再び聞こえて来た。湧き上がる怒りを絶対に負けないという決意に変え、レイモンドを見据える。
「いい目だ。絶望的な状況になっても瞳に宿るその闘志が潰えた時、君は最高の作品になる! ただ、屈服させてから作品に仕上げるのは中々に骨が折れそうだ」
「……言ってろ」
強がることしかできないのが悔しいが、レイモンドが俺よりも格上の魔法使いであると言う事は認めざるを得ないだろう。今まで戦った事のない強敵を相手に、必死に打開するための策を考える。
防御魔法を封じられ、攻撃魔法も当たらない。今はレイモンドの匙加減で石化能力を俺自身に使われていないが、腹立たしい事に奴の言う「作品」とやらに俺が仕上がるまでお預けにしているらしい。
宙を舞うレイモンドに水球を放ち、避けられ、お返しとばかりに飛んでくる風魔法の刃が俺の体を切り刻んでいく。身体強化でなんとか即死は免れているが数分もしない内に体中裂傷に覆われ、ずたずたになった装備の隙間から止めどなく血が流れる。
このままだと不味いな……今の俺の姿は、レイモンドが見せびらかしてきたあの石像と酷似している事だろう。
「くく、そろそろ限界かな?」
「まだ、まだ――」
――クソ、攻撃を受け過ぎたか?
水球を放つ直前に足がぐらつき、不意に片膝をついてしまった。
「並の相手ならとっくに私に命乞いをしようと地面に這いつくばるのに、これだけやって膝をつくだけとは! どこまで私を楽しませるつもりだい?」
「お前、みたいな……下衆を、楽しませる趣味はない」
「体の方は正直だけど、まだ作品にするには惜しい……君は諦めてないね?」
「当然、だ……!」
剣を地面に突き立てて、急いで立ち上がろうとする俺を見て嗤いながらレイモンドが呟く。
「聞いた所によると、君にとってその剣は大事な物らしいな」
「何を――やめろ!!」
ゴドフリーに譲って貰った剣の刃が、石化し鉄の輝きを失う。呆然としていると、塵と化した剣が刃の先から崩壊し支えを失った体が地面についた。
「作品になった時、申し訳ないけどあんな武骨でダサい剣を持たれてると困るんだ。綺麗にしてあげるね」
眼前に出来上がった、元は剣だった塵の山がレイモンドが放った突風に巻き込まれ、固く握った手の中に残った一握りの塵を残して跡形も無く消えてしまった。