「うわ、マスター! あの人満身創痍だよ?」
「王子からの直々の依頼だったからもっと大変な仕事になると思ったけど、なんとかなりそうでよかった! 二回戦は不戦勝で、一回戦の対戦相手も弱かったし」
「たとえ強敵が立ちはだかろうと、マスターは私が絶対に守ります」
「あー! ずるい、私もだからね!」
何を見せられているんだ……。
控室に戻らず闘技場で対戦相手を待つこと数分。現れたのは純白の肌と尖った耳、そして輝くような金色の髪を持った……恐らく前世の世界で言う所のエルフに近い姿をした二人組と、彼女達にちやほやされる黒髪黒眼の少年だった。
杖を持ってローブを身に纏った少年は、絵に描いたような魔法使い然とした見た目をしている。
『マスター』か……また転移者か? それより――。
「デミトリ選手、意気込みをお願いします!」
「最早聞くのも面倒だが、一対一の真剣勝負はどうした?」
「もう! 毎回こちらの質問に答えてくれないデミトリ選手に説明する義務はありません!」
本当に何でもありだな……剣を失った状態で治療も満足にできないまま三対一か……。
最悪の事態を想定して準備した策はまだある。なんでもありなら……出し惜しみなくやらせてもらうだけだ。
「サエキ選手、意気込みをお願いします!」
「僕と仲間の絆が勝利に導いてくれるって信じてます! 三人が力を合わせれば、誰にも負けません!」
「「マスター!」」
ふざけているのか? 三対一なら余程の事でもない限り勝てて当然だろう……呆れていると、エルフ達が少年に抱き着き少年が鼻の下を伸ばす。
「爽やかな一言をありがとうございます! 先程……デミトリ選手から質問があったので、一回戦をご覧になってない観客の皆様の為にも補足させて頂きます。サエキ選手の引き連れている奴隷は選手に該当しません! 正真正銘、一対一の真剣勝負です!」
奴隷だと……? まさか、人権のない道具だから一対一の勝負に連れて来ても問題ないとでも言いたいのか?
カテリナとヴィセンテの事を思い出し、怒りに呼応して呪力が溢れる。
「それでは両者準備はよろしいですね? 試合開始!!」
「早速行くよ! みんな~出て来て~」
エルフの片割れが腕を振ると三つの光の玉が現れ、光が収束していき三匹のマイヤー・ウルフが出現した。元々不利だった三対一という状況が一気に悪化したことに苛立ちを覚えながら収納鞄をベルトから外す。
「あいつ、何を――」
「なんでもいいよ! コニー、ジーン、ネイト、あいつを噛み殺せ!」
「やれやれ、今回も僕の出番はなさそうだ」
「任せてマスター!」
鞄の口を開きながら自分を囲むようにウルス・グリィの死体を三つ放り出す。大会までの準備期間中、アルセに協力して貰い狩っておいて本当に良かった。
「なにそれ、餌に釣られると思ったの? コニー達を馬鹿にしないで!」
召喚士がなにやら喚いているが無視する。マイヤー・ウルフ達が砂煙を巻き上げながらこちらに突進してきたが、構わずウルス・グリィの死体を呪力を込めた水魔法で包み準備を続ける。
「マスター、様子を見た方が――」
「心配ないよ、鑑定したけどあれはただの死体だ」
先頭を走っていたマイヤー・ウルフが飛び上がったのとほぼ同時に、ウルス・グリィ達が一斉に起き上がった。
「「「え?」」」
俺に向かって飛び掛かったマイヤー・ウルフを先頭のウルス・グリィが大木の様な腕ではたき落とし、凄まじい勢いで地面に叩きつけられたマイヤー・ウルフはそのまま絶命した。ウルス・グリィの足に潰された死体が、光の粒子になって消滅していく。
「コニー? 嘘……いやぁあああ!?」
残った二匹のマイヤーウルフ達は仲間の惨状を見て引き返し、錯乱状態の召喚士の元へと尻尾を巻いて逃げ帰っていく。
「メイリン、落ち着いて! マスターは下がっていてください、死霊術士です!!」
「う、うん!!」
狼狽える召喚士に喝を入れたエルフが剣を抜き指示を飛ばしながら臨戦態勢に入ったのを視界に捉え、念話でウルス・グリィに指示を出す。
――お前達は他の敵を無視して召喚士だけを狙え。
アルセとウルス・グリィを狩った時何回か試してみたが、モータル・シェイドと比べると魔獣を使役するのは勝手が違うらしい。あまり細かい指示は出せないが今はこれで十分だろう。
指示を出したウルス・グリィ達が走り出したのを見届けて、すかさず第二回戦が終わってからも放置されたままだったレイモンドの死体を水魔法で包み込む。
召喚士と魔法使いを守る様に駆り出た剣士が先頭を走るウルス・グリィ二匹の頭をすれ違いざまに斬り落り落とし、踵を返して召喚士に尚も迫る三匹目を追撃しようとした瞬間。
「――――――――!!!!」
怨嗟の籠った叫びが闘技場に響き渡る。
「「モータル・シェイド!?」」
思わず動きを止めて振り返ってしまった剣士が、レイモンドを覆っていた水を割って出て来た呪力の塊を凝視する。
――お前は剣士の足止めをしろ。
「――――――――――――!!!!!!」
「くっ……!?」
モータル・シェイドから放たれた無数の呪弾を避けるために剣士が疾走し、完全に魔法使いと召喚士から分断される。
「マスター、助け――」
「ロック・ウォール!!」
それまで後方で震え上がっていたサエキと呼ばれた少年が叫んだのとほぼ同時に、召喚士の目前まで迫っていたウルス・グリィの前に分厚い岩の壁がせり上がった。
突進の勢いのまま壁にウルス・グリィ達が衝突し、骨の砕ける音とともに岩壁に無数の罅が走る。
前衛の剣士、中衛の召喚士、そして後衛の魔法使い。隙の少ない、模範的な冒険者パーティーのような構成をしていることに今更ながら感心する。
「あいつ、なんで鑑定できないんだ!? とにかくメイリンは僕も援護するからウルフ達と一緒に熊を倒して! シェリアは僕達が援護に回れるまでなんとか耐えて!」
「マスター! 分かりま――」
『マスター』の指示とモータル・シェイドの放つ呪弾に気を取られている隙に俺が放った水球が剣士の頭部に衝突し、首から上が血飛沫に変わってしまった剣士がその場で崩れ落ちる。
攻撃の手を緩める訳がないのに、魔法使いの少年が悠長に作戦会議を始めたのが彼女の運の尽きだった。
「お姉ちゃん!!!?」
「メイリン、逃げて!!」
「あっ」
並のウルス・グリィなら岩壁に衝突してそのまま絶命してしまったかもしれないが、俺が使役しているウルス・グリィはそもそも生きていない。
愚直に俺の指示に従い、自身の頭部が岩壁との衝突であり得ない方向に折れ曲がっている事すら気にせず動き続け、岩壁を迂回していたウルス・グリィがその場にへたり込んでいた召喚士を前足で殴り飛ばす。
召喚士の体が凄まじい勢いで真横に聳える岩壁に衝突し、震えながら見守る事しかできなかったマイヤー・ウルフ達は彼女の命が潰えるのと同時に光の粒子になって消滅していった。
「ひぃ!?」
剣士と召喚士に気を取られている内に、モータル・シェイドの接近を許した魔法使いが自分を見下ろす影に気付いた。
尻もちをつき、情けない声を出しながら少年は手に持った杖を放り投げ震える両手を上げた。
「こっ!こ、こ――」
仲間だと言っていたのに、彼女達の仇を討たずに降参するつもりなのか……?
――殺せ。
恐怖で上手く言葉を発せない魔法使いの体を、念話で指示を出されたモータル・シェイドの放った漆黒の霧が包み込む。
「いやだ、僕だけでも助け――糞!! 役に立たない奴隷のせいで――いや、や!! や!!」
何かしらかの加護を持っていたのか知らないが呪殺の霧の中ですぐに果てず、醜い本性を現した魔法使いから生気が奪われ干乾びていく。
沈黙し、亡骸になったのを確認してからウルス・グリィへの呪力供給を切る。
――仇を取る気概も無い癖に、何が『仲間の絆』だ……。