「だ、第三回戦、一試合目の勝者はデミトリ選手です……」
試合の終わりを告げられ、モータル・シェイドも消滅させる。連戦で疲弊した体で無理をしたのが祟ったのか、途轍もない疲労と痛みが急激に押し寄せて来る。
野次すら飛ばなくなり、異様な静けさに包まれた闘技場の中心でなんとか膝を付かない様に死力を尽くしていると、司会が話し出した。
「つ、次の試合の選手達の入場をお願いします。デミトリ選手は鷹の通路へとお進みください……」
引きずる様に足を気力だけで一歩一歩と前に進めたが、そろそろ限界が近い。鷹の間に繋がる通路の入口に到達した時点で、壁に手をつき息を整えようとするが体が言う事を聞かなくなってしまった。
「酷い怪我だ……! おい、腕を貸せ!」
「お前は……」
「いいから!」
恐らく一回戦の惨状を見て、試合を勝ち進んだ怪我人を補助するために通路で待っていた薬師に肩を貸してもらいながらゆっくりと鷹の間へと進む。
「やっぱり今年は特におかしい……」
「……ふっ」
「ん? 何がおかしいんだ?」
「いや……今年が『特』におかしいだけで、常におかしいはおかしいという認識なんだなと思っただけだ」
「まぁ、変な国だからな……」
トリスティシアは強い意志を持った人間はアムール王国に掛けられた神呪の影響を受けないと言っていたが、ここまではっきりとこの国がおかしいと断言する薬師も恐らくそうなのだろう。
「本当に必要としてる人を救える、質の高い薬を錬成するために心血注いでるってのに……馬鹿みてぇな使い方するやつが多くて困っちまうよ……」
以前言っていた、夜の営みを続けるための気付け薬的な使い方を指しているんだろう。悔しそうな表情を浮かべながら薬師が俯く。
『ポーションが必要になって、気が向いたら声を掛けてくれ。薬師の誇りに誓って質の高さは約束する』
ポーションを拒否した後薬師が言った言葉を思い出す。
誇りを持って怪我人や病人を救うために薬師として活動しているのに、ポーションを粗末に扱われたら憤慨してもおかしくないな……。
薬師ギルドで俺が言われた事が理不尽な言い掛かりだったことには変わりないが、無茶な武闘技大会用のポーション発注で気が立っていた彼女がなぜあそこまで怒っていたのかようやく理解出来た。
牛歩の進みで鷹の間に到着し、適当な椅子に座らせてもらい周囲を見渡す。カリストの姿も、他の選手達の姿も見当たらない。
――逃げる決心がついたのか。
「あの……理由は教えてもらえなかったけど結局竜の間からポーションは分けてもらえなかった。中級ポーションしかねぇけど……飲むか?」
あれだけ強く拒否したのにも関わらず、より質の高いポーションを提供できない事を心底申し訳なさそうにしながらそう言った薬師は、本当に自分の仕事に誇りを持っているんだろう。
先程言ってしまった事を後悔しながら彼女に頭を下げる。
「ポーションの提供を拒否してしまった事を謝罪する、申し訳なかった。中級ポーションでも分けて貰えるとありがたい」
「きゅ、急にどうしちまったんだよ」
「……俺にも色々と事情があるんだが、さっきは言い過ぎたと思っただけだ」
「気にしてねぇよ、私もやらかしちまったし……」
手渡されたポーションを飲みながら一息つく。
「怪我をした選手達の搬送は終わったけど、治癒院の人間に誰が元々どんな怪我をしてて、どの等級のポーションを飲んだか共有しねぇといかねぇ。一人で大丈夫か?」
「ああ」
「ポーションを飲んでましになってるけど、まだ塞がり切ってない傷が多いから……無茶はするんじゃねぇぞ?」
「……善処する」
薬師が困った顔をしてから控室の出口へと向かった。一人残された部屋の中、戦闘の興奮が収まったせいでまた人を殺してしまった罪悪感が心を支配していく。
「しっかりしろ……!」
両手で頬を叩き、自分に喝を入れる。
今は感傷に浸っている場合じゃない。相手が俺を殺す気だった以上、下手に手加減なんてしていたら死んでいたのは俺だった。後悔する時間は生き残って武闘技大会を優勝した後に幾らでもあるだろう。
邪念を振り払えたのはいいものの、四回戦が始まる午後四時まで自分に出来るのは少しでも体を休める事位だ。怪我人用の毛布を拝借して横になりながら、これまでの戦闘を振り返って行く。
フィルバートはともかくレイモンドと、レイモンドとの戦いで負傷した状態で戦った魔法使いの少年に勝てたのは奇跡に近い。
特にレイモンドは万全の状態で挑んだにも関わらず、毒を使った奇襲が成功しなければ勝てない格上の相手だった。
魔法使いとの戦い方か……。
今回の戦いで現状の課題が幾つも浮き彫りになったが、残念ながら四回戦までにどうにかなりそうにもない。
複数の魔法を同時に扱う魔力操作の精度向上、威力だけではなく素早い相手に確実に当たる速さを重視した魔法の習得、霧の様な魔力操作が複雑な魔法を吹き飛ばされない様に維持する魔法の練度上げ……。
山積みの課題に頭を悩ませる。フィルバートを除けば、俺はまともに剣を使わず毒と呪力に頼った死霊術だけでここまで勝ち進んでいる。
必ずゴドフリーの仇を取ると言った癖に、借り物の力に頼ってしまっている現状が情けない。
毒殺も、三対一だったとは言え死霊を使った戦法も……散々この大会の何でもありというふざけた規則に憤っていたのに、結局自分もやっている事は彼等と同じいんちきだ。
それでも、何としてでも勝ち進むと覚悟した以上行動を曲げるつもりは無いが……。
「はぁ……」
『溜息を漏らすと幸せが逃げていく』、前世にそんな言葉があった気がするが今は暗い気持ちを溜息と共に吐き出さなければやっていられない。
――静かに平和に暮らしたいと願ってグラードフ領を逃げ出したはずなのに、どこへ向かっているんだろうな、俺は……随分とおかしな所まで来てしまった……。