「決勝戦に出場する鷹の間に待機してるデミトリ選手及び対戦相手のクレア選手の両名は入場願います!」
クレアだと……?
ただの偶然かもしれないが、エリック殿下に付き纏っていた青髪の女生徒の姿が頭によぎる。そんな訳ないと思いながら、腰を掛けていた椅子から立ち上がり入場の準備をする。
荷物は多くなかったのですぐに準備が終わり、闘技場に繋がる通路へと向かう途中にあるポーションが置かれたテーブルの横で一度立ち止まる。
準決勝戦がカリストの棄権で終わり、鷹の間に戻った時点で薬師の姿はどこにもかった。彼女が待機していたテーブルの上には「自由に使ってくれ! というか全部持ってっちまえ!」とだけ書かれた走り書きだけが残されていた。
テーブルの上には、中級ポーション十二本が並べられている。
――何があるのか分からない。遠慮せず、彼女の言葉に甘えるか……。
ポーションを十一本収納鞄に仕舞い、一本は補充の為に氷球に詰めてから飲み込んだ。硬く冷たい氷が食道を押し広げる感覚は、何度やっても慣れそうにはない。
生き残るために仕方がないとはいえ、曲芸師の様な仕込みをしている自分に何とも言えない恥ずかしさを覚えながらようやく準備が整った。一日過ごした鷹の間を出ていよいよ最後の戦いへと向かう。
「緊張しちゃったのかなぁ? 遅かったねデミトリ!」
「……」
闘技場の中心に到着し、クレアが雑に杖代わりに利用しているヴィセンテの剣を目にして魔力が乱れる。
「あは、やる気満々だ!」
「……その剣は返してもらうぞ」
「うーん、どうしよっかなぁ? あ、でも逆に私が勝ったらデミトリは私の物になってもらうね!」
何を言ってるんだこいつは……?
「いよいよ歴史あるアムール武闘技大会、第二百二十三回目の決勝戦が始まります! 決勝まで勝ち進んだ一人目の選手は毒、不意打ち、目隠しに死霊の使役と勝つためには手段を選ばない戦場の詐欺師、幽氷の悪鬼ことデミトリ選手!!」
「負けろおおおおお!!!!」
「こんな奴ぶっ倒しちまえ、クレアちゃああああん!!!!」
俺の反応を伺うようににこにことクレアがこちらの様子を伺うがここまで来てしまったら怒りも呆れもしない。完全な無感情で観客の罵声を聞き流していると、司会が再び話始めた。
「対するは現役でアムール王立学園に通う才女でありながら、武闘技大会で空前絶後の快進撃を披露した戦場に舞い降りた女神、クレア選手!」
「「「「わあああああああああああああああああああ!!!!」」」」
崇拝している愛の女神に見捨てられかけているのを知らないとは言え、良く軽々と神に準えて選手を紹介できるな……それに、アムール王立学園は入学自体は難しくないと言う話ではなかったか? クレアの成績が特別秀でているような話も聞いた事が無い。
「アムール武闘技大会の決勝戦に臨む二人に、意気込みを聞いていきたいと思います! まずは、デミトリ選手!」
「対戦相手の持っている剣は、強盗致死事件で盗難に遭った俺の剣だ」
「だから、何回も意気込みをお願いしますって言ってますよね!? デミトリ選手を飛ばしてクレア選手、お願いします!!」
司会が慌ててクレアに話し掛けたが、俺の発言を聞いて観客がざわついている。思えば選手の控室に医療班が手配されていない惨状を訴えた時も、司会が慌てふためいている間観客の反応がいつもと違った。
考えすぎかもしれないが……遠隔で声を拾ったり観客席まで届けているのはてっきり魔道具の類だと思っていたが、まさか司会が何かしらかの異能を使っているのか? 司会が動揺する度観客の反応が変わり、野次も基本的に司会が観客を煽った時にしか飛んでこない事実を考慮すると妙に辻褄が合う。
唯一の例外はレイモンドが観客に語り掛けた時だが……あれも突き詰めてしまえばレイモンドの声を異能で拡散していたのであれば説明が付く。
声を介して精神を扇動する異能なんてあり得るのだろうか……?
「――この武闘技大会の決勝の場で、我がアムール王国と同盟関係にあるヴィーダ王国の猛者、幽氷の悪鬼に勝利して実力を示します! そして、学園で私をいじめたあの人を見返すんです!」
考え事をしていてクレアの意気込みの前半を聞き流していたが、『いじめ』? 相当おかしなことを言っていなかったか?
「素晴らしい意気込みをありがとうございます! 中立の立場を保たなければいけない身ですが、全力で応援したくなりますよね、みなさん!?」
「頑張れー!!!!」
「応援してるぞー!!」
何が中立だ……ともかく、俺のなんの根拠もない推測は当たっているのかもしれない。それまでは黙ってクレアの話を聞いていたのに、観客達が司会に煽られるのと同時に一斉にクレアを称賛する声を上げ始めた。
「ふふ、優勝したら婚約者になる実績として十分みたいだから、絶対に勝つんだから!」
「……そう言う事か」
クレアとクリスチャンが企てている冬の舞踏会での婚約破棄計画。ルーシェ公爵令嬢との婚約を破棄できたとしても、恐らく何の実績も無い平民のクレアを新しい婚約者の座につかせるのは難しいと考えたんだろう。
妙に闘技大会関連の手回しが良いと思っていたが、俺とのいざこざがあるよりも前からクリスチャンは大会運営と手を組みクレアを優勝させるために動いていたのであれば色々と説明が付く。
俺を大会に誘い込んだのは……俺を始末出来ればクリスチャンの私怨を晴らせて、万が一優勝まで勝ち進んでしまったらクレアの優勝に箔を付けるための当て馬として丁度いいからか。
――こんなふざけた茶番のためにゴドフリーを殺したのか……。