「ふふ! そろそろ、絶対に私に勝てないって理解し始めたかな? こんな無駄な戦いはやめて仲良くなろうよ!」
「……お前の事を好きな奴がいるだろう、そいつと勝手に仲良くしていればいい」
「あは! 嫉妬かな? 大丈夫、私がこの国の……ふふ、まだ言っちゃダメだった、とにかく心配しなくてもデミトリも可愛がってあげるから」
気色が悪い……こんな奴に良いようにされている自分自身が腹立たしい。何より『勝てない』と言われた時、少しでもその可能性があるかもしれないと考えてしまった自分の弱い心が許せない。
――反射能力の法則が分からないなら、反射では対処できない手段で殺せばいいだけだ……!
呪力を魔力に込めながら水魔法を放流しクレアの周囲の地面に浸透させる。
当たり前だがクレアの能力は地中にも判定があり、彼女の能力の及ぶ範囲を除いたクレアの半径二メートルの地面に隙間なく俺の水魔法を侵食させていく。
「なにしてるの? お水を撒いても意味ないよ?」
返事をするのも億劫だったのでクレアに向かって水球を放つと、案の定反射されてしまった。
「ほら、私には指一本触れられないよ! いい加減諦めて降参しようよ、もう一分も残ってないよ?」
「……触れられないなら、触れずに倒せばいいだけだ」
「ぷっ、あはっ!」
俺の発言が相当面白かったのかクレアが手を叩きながら笑う。
「脳筋キャラかぁ、お馬鹿さんな所も可愛いよね! 丁度原作の攻略対象にいなかったし、DLCで追加されるのも納得!」
ご満悦のクレアが笑っている内に地面は完全に水で満たされ、行き場のない水がクレアの周りに溢れ砂交じりの濁った水溜まりとなる。準備が整ったのを確認して、一気に地面を凍らせる。
「わっ!?」
凍った事によって一気に膨張した砂交じりの氷がせり上がり、急な振動に反応できずクレアが尻もちをつく。
「ふふ、あはは! すごいすごい! 本当に触れないで私を動かしたのはデミトリが初めてだよ! でも無駄だったね? 後二十秒で何が出来るのかな?」
――笑っていられるのも今の内だ……!
凍った地面の縁に沿って水を張り巡らせ、厚さ三十センチ程の水魔法で出来た半球の中にクレアを閉じ込める。
「―――――――――――――――――? ――――、――、――」
こちらに声が届いていないのが分かっているのか、笑いながら指を折り十から一つずつ減らすクレアに向かって右手を突き出し中指を立てる。
「―――!?」
伝わるかどうか不安だったが、狙い通り俺が異世界人だと分かりクレアが目を丸くしながら何かを叫んだ。
――今だ!!
気圧の変化による外気の抵抗に逆らいながら、クレアを囲んでいた水の半球の空間が三倍になるように縦に無理やり引き伸ばしてから凍らせる。
内側に押し潰れされそうになる氷の檻全体からひび割れていく音が鳴り、ありったけの呪力と魔力を注ぎながら崩壊しないようなんとか維持し続ける。
慣れない魔力操作に額に油汗が滲み、疲労している体が悲鳴を上げる。
――クソ、後もう少し耐えれば……!
額を滑り落ちた汗に遮られた視界の先には、氷の檻の中でクレアが首を押さえながら藻掻き苦しむ姿が見えた。
元々立っていた位置から逃げようとしたのか凍った地面の上でのたうち回っているが、氷の上に薄く張っておいた水の膜が功を奏した。極端に摩擦係数の減った濡れた氷の上で、何度も立ち上がろうとするクレアが無様に転げ倒れる。
前世の知識があやふやなせいで成功するか大博打だったが、空間が三倍になり酸素濃度が三分の一になってしまえば呼吸が出来なくなるのは当たっていたようだ。
唯一の懸念はクレアがヴィセンテの剣を破壊すると宣言していた能力で氷を破壊されてしまう事だったが、錯乱状態になってくれたおかげかそんな能力を発動する素振りは見えない。
じたばたと、氷上で無意味な抵抗を続けるクレアを眺める。
徐々にクレアの動きが弱まっていき、今は全身ずぶ濡れの状態で陸に打ち上げられた魚の様にぱくぱくと吸えるはずもない空気を求めて口を動かし始めた。
俺が異世界人だと気づいた時何やら叫んでしまったせいで肺に酸素があまり残っていなかったのだろう。一分も経たない内にクレアは限界を迎え、ぴたりと動かなくなった。
「何をしてるんだ、早く止めろ!!」
久しぶりに聞くクリスチャンの怒鳴り声に眉を顰める。
「え、しょ、決勝戦の勝者はデミトリ選手! すぐに魔法を解除してください!!」
魔力と呪力の維持を止めた瞬間、氷の檻が中心から内に潰れて崩壊していく。砕け散った檻の上部は、奇跡的にクレアの上には落ちず闘技場の地面に砂煙を巻き上げながら衝突した。
バラバラになった氷塊の中心に横たわるクレアの元まで歩き、適当に掴んだ砂を放り投げて彼女の能力が発動していないのを確認する。
「クレアから離れろ!! クソ、早く医療班を出せ無能共!! クレア、クレアアアアアアアアア!!!!」
「……剣は返してもらうぞ」
倒れたままのクレアには目もくれず、彼女の横に放ってあったヴィセンテの剣を拾う。懐かしい剣の重みを感じて安心し、いつも通り腰にさそうとして違和感に気付く。
――カリスト……悪い事をしてしまったな……。
自らの危険を顧みず託して貰ったカリストの剣は、結局決勝戦で一度も抜くことは無かった。
この借りはいつか必ず返さなければいけないと胸に誓いながらカリストの剣を収納鞄に仕舞い、ヴィセンテの剣を定位置に装備する。
「デミトリ選手、医療班の邪魔になるので鷹の間にお戻りください!!」
「彼女だけ随分と好待遇だな? 俺も試合で負傷した後医療班に搬送して貰いたかった」
「いいから早くどいてください!!」
嫌味を言いたかっただけで仮に大会が用意した医療班がいても信用していなかっただろう。走って来る医療班を避け、もう戻らないと思っていた鷹の間へと向かった。