「調子はどうかしら?」
「トリスティシア様……」
フィーネに頼まれて様子を見に来たけど、状況はあまり良くなさそうね。
「デミトリが優勝したわよ?」
「そうですか……観戦できなかったのが残念です」
「助けが来るって伝えに行った時、私と一緒に観戦しないか誘ってあげたのに断ったじゃない。神様の誘いを断る罰当たりな子はあまりいないのよ?」
「……怖かったんです。また、私に関わった人が! 理不尽な! 力に奪われるのを、見たら――」
声をしゃくり上げながら過呼吸になっているセレーナを見て反省する。
元はと言えば私が一人で観戦したくなかっただけなのに……セレーナに断られた結果ミネアに借りを作ってしまった事に対する恥ずかしさがあったからか、必要以上に意地悪な言い方をしてしまった。
「大丈夫よ、もう大丈夫だから」
「でも、ゴドフリーが……!!」
「……」
困ったわね。私が軽々しく慰めの言葉を掛けてしまったら……彼女の死生観を歪ませかねないわ。
「セレーナ、ちょっとだけ待ってて!」
「え……?」
背中を摩っていたセレーナを離し、転移用の闇に飛び込む。
――――――――
「……元気か?」
「デミトリさん……」
トリスティシアが突然馬車の中に現れ『セレーナを助けてあげて欲しいの』と願われたので、何も聞かずに転移の魔法に飛び込んだが……ここはセヴィラ辺境伯邸か?
てっきりクリスチャンの手の者に襲われていると勘違いしてしまい、ヴィセンテの剣を抜いている状態だ。剣を鞘に納め、シャキンという金属音が気まずい静寂の訪れた部屋中に響く。
「武闘技大会、優勝したって聞いたよ。おめでとう」
「……お前が居なかったから勝てただけだ」
「ふ、ふふ……そんなに高く見積もってくれてるんだ」
「当たり前だろう、未だに練習試合で一本も取れていない」
「練習と実戦は違うから……」
俯いてしまったセレーナが何を考えているのか分からないが、言葉の端端から心ここにあらずというのが伝わってくる。
ゴドフリーの死を相当引きずっているな……正直に言うと、俺も変わらないかもしれない。あの大会に優勝したところでまだ何も解決していない。
「……力を貸してくれないか?」
「え?」
「俺はゴドフリーの仇を討つと息巻いて武闘技大会に参加した。裏で糸を引いていたクリスチャンについては目途が立ったが……下手人にまだ報いを受けさせられていない」
「……私には何もできないよ。ゴドフリーを見て、思い出して、もう震えて剣もまともに握れない」
前世の記憶か……セレーナが大人しく捕まったと聞いた時点で心配はしていたが、彼女の抱えている問題は相当根深そうだ。
「大丈夫だ、協力して欲しいのはこの剣の修復だ」
「剣……?」
レイモンドとの試合後、必死に掻き集めたゴドフリーの剣の残骸を詰めた袋を収納鞄から取り出す。
「情けない話だが、力及ばず異能者にゴドフリーに譲ってもらった剣を破壊されてしまったんだ……この剣を再生してくれないか?」
カリストと出会った晩に剣を交えた時も、練習試合でも、セレーナの装備品が傷付く傍から修復されて行くのを目の当たりにしていた。
彼女の再生魔法は無機物にも通用する、恐らくそのものがあるべき姿に巻き戻す回復魔法の上位互換だ。塵の山と化してしまった剣もセレーナなら直せるかもしれない。
「私の再生魔法は癒しの魔法だよ? 人以外に使った事なんて……」
自分の装備を直していたのは無意識だったのか。
「それでもいいんだ。ゴドフリーの剣で必ず彼の仇を討つと約束する……だから、セレーナに直してほしい」
ゴドフリーは別に己の打った剣で仇を取ってくれと願ってはいないのは理解している……ただ俺と、特にセレーナの気持ちに整理を付けるためには何となく必要な事だと、理性ではなく本能が語り掛けて来る。
「……分かった」
これだけ焚きつけておいて彼女の再生魔法で修復が出来なかったら……悔いても意味はないな。もう賽は投げられたんだ……後は結果を見守ろう。
セレーナが俺から袋を受け取り、再生魔法を発動する。青白い光に部屋が包まれると、袋がまるで生き物を捕えているのかの様に蠢き出した。
「絶対に直す……! 私にはそれしか――」
そこまで気負わないで欲しいが無責任にあんなことを言った手前もう何も声を掛けられない。再生魔法に全力を注ぐセレーナを見守っていると、突然部屋の窓に亀裂が走った。
何事かと思い身構えると、音を立てて割れた窓から薄暗い部屋の中に砂塵の様なものが侵入し袋の中へと吸い込まれて行く。
「お願い、直って……!!」
「危ない!!」
それまで両手で掲げてた袋を、セレーナが急に抱きかかえたので慌てて掴んで彼女から離す。間一髪の所でセレーナを守れたが、俺が袋を掴んだ直後に一振りの無骨な剣が袋を突き破り刀身に掌を裂かれた。
「デミトリさん!?」
「大丈夫だ、セレーナの再生魔法の余韻で治った」
剣を落とさない様にそのまま怪我を無視して刀身を掴んだが、瞬く間に傷が塞がった。剣の柄を握り直した段階で再生魔法の光が収まり、ゴドフリーの剣は元の姿に戻っていた。
「直せた……ゴドフリー……!」
俺以上にゴドフリーに世話になったセレーナが、懐かしむように剣を見て涙した。機能性を徹底的に追求したゴドフリーのこだわりは、俺よりも彼女の方が良く知っているはずだ。
「ありがとう。セレーナが剣を再生してくれたお陰で、ゴドフリーの剣で彼の仇を討てる」
「……!」
自分自身の手で仇を討てない事に複雑な気持ちを抱いていそうだが、これで彼女の気持ちが少しでも晴れれば良いが……。