ニルの発言に俺だけでなくヴァネッサとセレーナも驚愕の声を上げた。
「どうしたんだ?」
「いや、話の流れからてっきり止められるものかと……」
「王家の影は仲間が困っているのを放っておくような薄情な組織じゃない。行動に対する責任だけ課しておいて手を差し伸べないわけないだろう? それにデミトリはもっと周りを頼ってくれ……どうせまた一人でどうにかしようと考えていたんだろう?」
「それは……」
図星を突かれてしまい何も言い返せない。
「さっきのエリック殿下とのやり取りで、殿下がデミトリのしたい事について黙認するつもりなのも分かっていたしな……先程言った事は先輩からのおせっかいだと思ってもらって良い」
「おせっかいだなんて思っていない……指摘してくれてありがとう」
報復をしてもゴドフリーは帰って来ない。
状況が好転する所か、現在進んでいるアムール王国との交渉に悪影響がある可能性すらある。頭では分かっていたが、改めてニルに言われた事で少しだけ冷静さを取り戻す。
「まずは我々が収集した情報を共有しよう」
ニルが懐からメモ帳を取り出し、王家の影が調査した内容を説明し始めた。
憲兵隊が残した調書だけでは情報が不足していたため、王家の影は独自で聞き込みを実施したらしい。鍛冶屋の周辺で店を構えている人間に事情を聞いた所、事件当日死体の第一発見者となったセレーナ以外に鍛冶屋近辺で目撃されたのは、買い物をしていた学生を除くと一人だけだった。
セレーナが鍛冶屋に到着する直前に、汚れた作業着を着た無精髭の男が鍛冶屋に入って行くのを向かいの雑貨屋の店主と店員が目撃していた。
「調査を進める上で判明したんだが、事件当日メダードの殺害容疑で捕縛されていたステファンが忽然と牢から居なくなったらしい」
「……憲兵隊の内部情報を、この短時間でどうやってここまで調べたんだ?」
「憲兵隊長のピカードは我々の捜査協力要請に応じなかったが、奴の部下達は奴程肝が据わっていなかった。よくある話だが不正を指示している側の人間と、指示に従っていただけの人間では心構えも覚悟も全く異なるからな……」
自己保身に走ったのか良心の呵責があったのかは分からないが、内部の人間が情報提供してくれたのか。
「目撃情報とステファンが行方不明になった事実は偶然の一致とは思えないが、証拠が……」
「凶器ならメリネッテ王妃記念公園で見つけた。九割方ステファンが実行犯だと考えて良いだろう」
一応逃亡中の身なのに、のこのこと公園に戻ったのか……?
「ステファンは今も公園にいるんですか!?」
ステファンの行動に驚いたヴァネッサの質問にニルが答える。
「呑気に管理人小屋で過ごしているのを確認済みだ。一応逃げられない様に監視は付けている……」
「……ゴドフリーを殺した凶器も、小屋の中にあったの?」
震える声でセレーナが確認したが、ニルが首を横に振った。
「デミトリが聴取された殺人事件の調書に目を通していた王家の影の一員が、監視をする合間に例の井戸の底を確認した時に捨てられた凶器を発見した」
メダードの死体を遺棄したのと同じ場所に凶器を捨てたのか……直近で事件現場になっていたのになぜ? 捜査済みの場所はもう見られないと高を括ったのか、奴の中で殺しをした後あそこに棄てる事が手口として習慣化しているのか分からないが……。
「殺人鬼の思考を辿ろうとしても徒労に終わるだけだ、あまり深く考える必要はない」
「……そうだな」
黙り込んでしまった俺にニルが喝を入れてくれた。彼の言う通り考えるだけ無駄だ。行動の理由や動機などどうでも良い、犯人が分かった以上やる事は決まっている。
「管理人小屋にいるステファンを拉致して秘密裏に始末する事自体は簡単だが、少し不可解な事がある」
「不可解な事?」
「死体見分の結果に気になる点があった。辛いと思うが……セレーナ嬢、ゴドフリー氏を発見した時の状況について聞いても良いだろうか?」
ニルの問いに、ぎゅっと手を握り締め逡巡した後セレーナが口を開いた。
「店先から声を掛けても返事が無くて……仕事中は作業場への扉を絶対に閉じてるのに開けっ放しだったから、中に入ったら……」
呼吸を繰り返し、続きを紡ごうとするが中々話し出せないセレーナの背中をヴァネッサが摩る。しばらくして、落ち着きを取り戻したセレーナが再び話し出す。
「作業場の壁際にゴドフリーが倒れてた……背中に刺された跡があって、血が――」
「セレーナ嬢、ありがとう。それ以上無理をしなくてもいい」
セレーナの話を聞きながら、依然ピカードに言われた事を思い返す。
『鍛冶屋の床に横たわっていた店主の周りの血溜まり、出血量から推測するに死因は刺殺だと思われます。凶器はまだ発見されて――』
「……俺が憲兵隊長のピカードから聞いた話とも一致している。確か凶器は見つからなかったが、死因は刺殺だと言っていた」
「そこが引っ掛かっている。死体見分書には、ゴドフリーの死因は心臓発作だと書かれていた」
「心臓発作……?」
どういう事だ……?
「調書に書かれた死体の状況と死因が一致しないのが気になり、セレーナ嬢にわざわざ死体発見時の話をしてもらったんだが……どうにも腑に落ちない」
「死体見分書に偽った情報を記載した可能性はないのか?」
「検視官に尋も――質問した限りではそう言う事でもなさそうだ」
尋問……裏は取っていると言う事か。
「あの、死体見分書に死因になった心臓発作以外に、体の状態について何か書かれてませんでした?」
「そうだな、刺し傷以外で気になった点は――」