「もう話し合いは終わったの?」
「おかげで大体やる事と対策は決まった」
テーブルを離れ、エリック殿下達の座っていたソファに合流して着席する。
「僕達も話し合いが大体終わったから丁度良かった!」
「陞爵……今回の件の立役者……」
「……大丈夫なのか?」
「ナタリア嬢は情報量が多過ぎてちょっとだけ混乱しちゃったみたいなんだ」
俺達がソファに戻った事に気付かない程憔悴しているが……アルセの方を見ると、静かに首を横に振った。
「……アルセ、申し訳ないけどこれから話す内容を後でもう一回ナタリア嬢に伝えて貰ってもいいかな?」
「分かりました」
「それじゃあさっそく冬の舞踏会について話そうと思うんだけど、そろそろかな?」
「そろそろ?」
エリック殿下の発言を不思議がっていると今の扉がゆっくりと開いた。扉の先には気づかぬうちに席を外していたイバイと、ルーシェ公爵令嬢、そして見知らぬ男性が立っていた。
「お初にお目に掛かりますルーシェ公爵。お忙しい中急に呼びつけてしまって大変だったでしょう?」
「正式な発表は後日になりますが我が家はもうヴィーダ王国に忠誠を誓った身です。呼ばれればいつでも馳せ参じます」
「ヴィーダ王家は無理に呼び出したりなんてしませんよ?」
「過分なご配慮、恐れ入ります……ただ、私にそのような丁寧な言葉を使って頂く必要はありません。どうかお心遣いなさらずに、一臣下として接して頂ければ嬉しく――」
「ルーシェ公爵、僕だけでなくあなたまで畏まってしまうと全員話しにくくなる。この場ではお互いに楽に話そう」
二人のやり取りを見ながら黙ってしまった俺やヴァネッサ達を見ながらエリック殿下が口調を変えた。
「ですが――」
「ルーシェ公爵令嬢もそれでいいよね?」
「はい」
娘にはっきりとそう言い切られてしまいルーシェ公爵も諦めが付いたみたいだが、ルーシェ公爵家の親子を案内したイバイが苦虫を噛み潰すような顔をしている。
「新しくヴィーダ王国に加わる仲間だから、足並みを揃えて話した方が良いと思ったんだ!」
イバイはエリック殿下の教育係として、面倒でもしっかりとした対応をして欲しかったんだろう……話し合いが円滑に進むように指摘するのは控えてくれているが、そのウィンクは後ほど後悔する事になると思うぞ、エリック殿下……。
話し合いが終わり解散した後、イバイに絞られるであろうエリック殿下の心配をしている間に公爵達が着席した。
小さなテーブルを囲むソファにヴィーダの第二王子、ルーシェ公爵家当主とその娘、セヴィラ辺境伯家の嫡男、次期ヴィラロボス辺境伯家の令嬢、王家の影、そして神の愛し子が三人並んで座る。
ヴィーダ王国に亡命する時はこんな未来は思い描いていなかったが、こんな状況が今後もあり得るなら上位貴族流の話術については本格的に学んだほうが良さそうだな……
「デミトリ殿!」
「っ、はい!?」
エリック殿下が仕切ってくれると思い考え事をしていたので、急にルーシェ公爵に声を掛けられ声が上擦る。
「レイナ――娘を、娘の婚約解消に一助頂き、心から感謝する!」
「いや――」
「本当に……ありがとう!!」
「私からもお礼を言わせて下さい……本当にありがとうございました!」
「俺なんかに軽々しく頭を下げるべきじゃ――とにかく頭を上げてくれ!」
公爵家当主と公爵令嬢に頭を下げられ、焦りからつい大声を出してしまった。
「ルーシェ公爵、レイナ嬢、デミトリも困っちゃうからその辺で勘弁してあげて」
「申し訳ない。恩人に気まずい思いをさせてしまったら本末転倒だな」
「そうですねお父様」
するっと頭を上げた二人が申し訳なさそうにしているのを見て気まずさがどんどん増していく。
「……クリスチャンが企てていたふざけた計画に憤りを感じたのは事実だが、婚約解消を武闘技大会優勝の報酬として願えるように道筋を整えてくれたのはエリック殿下だ。恩義を感じているのであれば、俺ではなくエリック殿下と……ヴィーダ王国に返してくれると嬉しい」
出過ぎた発言をしてしまったかもしれないと思い心配になりエリック殿下の方を見ると、彼だけでなくいつの間にか背後に回っていたイバイも頷いていた。焦っていて苦し紛れに絞り出した発言だったがどうやら正解を引けたらしい。
「心配しないでくれ! この国から離反する好機を与えて下さっただけでなく、レイナの婚約相手に一切口出しをしないと約束してくれたヴィーダ王家には身を粉にして尽くすつもりだ!」
「は!?」
初耳だったのか、ルーシェ公爵の発言を聞いてレイナが驚愕しながら隣に座っている父の方に振り向いた。
「お父様、どういうことですか!?」
「……男児に恵まれなかった我が家に、クリスチャンの野郎が立太子した後ニコル王子を臣籍降下させて跡継ぎとして養子に寄越すから……優秀なレイナならクリスチャンを任せられるからと王妃に懇願され、半ば強制的にレイナをあの馬鹿の婚約者にされてしまった……! 二度とお前にあんな思いはさせまいと――」
「理由はどうでも良いから!! これから忠義を尽くす王家相手に、信用してないって言ってるような条件を突き付けて良い訳ないでしょ!!」
「だ、だがそうでもしないと――」
「だがも糞もな――」
唐突に始まってしまった親子喧嘩に、さすがのエリック殿下も困惑してしまい止めに入る機会を失してしまった。王族を除けば二番目に偉いはずのルーシェ公爵家当主が娘に説教されるという奇妙な光景を目の当たりにして全員が言葉を失う。