――いよいよだな。
兵士に連れられ、今まで窓越しにしか見たことがなかった石畳の道を歩く。滞在していた屋敷からそう遠くない馬車乗り場まで案内されると、そこには見知った顔が待っていた。
「準備はばっちりかい、デミトリ殿?」
「はい、荷物はそう多くなかったので」
第二騎士団の業務で忙しいはずなのに、ミケルとラウルとクリスチャンが馬車乗り場で待ってくれていた。
「皆さん、わざわざ見送りに来てくれてありがとうございます」
「回復魔法の検証は続けるので、何かわかったら連絡します。絶対に返事をしてくださいね!」
「必ず返事をします」
エスペランザに来てから、三人共ちょくちょく部屋を訪れてくれていた。
ミケルとラウルは忙しい業務の合間を縫って。クリスチャンは検診と、途中から実験が中心になっていたがそれでも嬉しかった。
――生まれて初めて、こんなに人と話をしたかもしれない。
グラードフ領では会話らしい会話などしたことがなかったため、かなり口下手なのは自覚している。それでも根気よく接してくれた三人には感謝しかない。
「滞在中、色々と三人にはお世話になりました。短い間でしたが、本当にありがとうございました」
「デミトリ殿……我々を救って頂いた恩は忘れません。どうかご健勝で」
「二人共湿っぽいのはよしてよ、今生の別れじゃないんだから。デミトリ殿、父も来たがっていたんだがどうしても仕事の折り合いが付かなかったみたいなんだ。『何か困ったことがあったら連絡してくれ』って言ってたよ」
「ありがとうございます、何かあったらお言葉に甘えさせて頂くかもしれません」
そこから他愛もない会話をしていると、ここまで案内してくれた兵士が少し慌てながら声を上げた。
「ミケル隊長、そろそろ出発の時刻です!」
「もうそんな時間か。デミトリ殿、年に数回ジステイン伯爵領に帰る機会があるからその時また会おう!」
「私もミケル様に同行する事が多いので、いずれまた」
「私はあまりエスペランザから離れられないので、色々と落ち着いたらまた来てください。ほとんど窓越しにしか都市を見れてないんです、美味しいお店を紹介しますよ」
「皆さん……ありがとうございます。必ず、いつかまた会いましょう」
「うん! それじゃあ、彼の事は任せたよユーセフ」
「お任せください!」
三人に別れを告げ、ユーセフに案内された馬車の屋形に乗り込む。窓越しに手を振っていると、程なくして出発した。
屋形の窓の外で、街並みがゆっくりと流れていく。
城壁に到着し一時停止した後、城壁の門をくぐり街道に出た辺りで御者台から声が掛かる。
「改めて、第二騎士団所属のユーセフです! デミトリ殿の護衛を務めさせて頂きます!」
「よろしくお願いします、ユーセフさん」
――護衛兼見張りの方が正しいのかもしれないが、指摘してしまうのは野暮だな
亡命が認められたとは言え、監視対象なのは変わりない。逃げ出そうと思えば逃げ出せてしまう程に警備が緩いのは、ジステインからの信頼の表れだろう。
さすがに帯刀の許可はでなかったが、屋敷を出る時にヴィセンテの剣も返還された。
今は久しぶりに腰に固定した収納鞄に仕舞われている。武器を隠して携帯してる分、帯刀するよりも暗器のようで危険なのではと思ってしまう。
――信頼には誠意で応えないとな。
ジステイン伯爵領に着いてからも、身元を受け入れて貰えるように尽力してくれたジステインに迷惑をかけないよう気を引き締める必要がある。
「ジステイン伯爵領まで二週間ほど掛かりますが、これから通るラゴス侯爵領もジステイン伯爵領も凄く豊かで良い領です。治安もすごく良いので、街道沿いの宿場町も質が高くて食事も美味しいんです!」
「それは楽しみです」
「今日は日が落ちる頃に最初の宿場町に着く予定なので、それまでゆっくりと過ごしていてください!」
「分かりました、お言葉に甘えさせて頂きます」
「はい!」
そう元気良く返事すると、ユーセフは鼻歌を歌い始める。
――相当機嫌が良さそうだが……なるほど。
宿泊費用や食費はすべて騎士団持ちのはずだ。加えてこの旅は少なくともストラーク大森林への遠征に比べたら楽なのだろう。
ユーセフからしたら何時もの危険な業務と違い、往復約一カ月程の小旅行感覚なのかもしれない。
――到着まで約二週間か。
事前に、ジステインから旅程についてある程度聞いている。
ジステイン侯爵領は城塞都市エスペランザから真北に位置していて、ラゴス侯爵領を超えた先にあるらしい。
ラゴス侯爵領に入領するまで馬車で3日。そこからさらにジステイン伯爵領までさらに1週間の旅路。
――どんな所だろう。
未だ見ぬジステイン伯爵領に思いを馳せ、不安と期待が綯い交ぜになりながら窓の外を流れる景色をひたすら眺めた。