「本当に対策は出来ているんだな?」
「ああ」
「……私以外にも王家の影が数人周囲で様子を伺う。危険だと思ったらすぐに突入する。万が一の事があったら治療できるようにセレーナ嬢にも待機してもらっている……だが、くれぐれも無理はしないように」
「色々と我儘を聞いてくれてありがとう」
心配そうにこちらを見つめるニルに感謝を述べてから移動を開始して、メリネッテ王妃記念公園の奥へと一人で進む。
遊歩道から外れ、生垣の裏に続く土道を記憶を頼りに歩いていると、日が落ちきり闇に包まれた園内で一際目立つ明かりの灯った管理人小屋が見えてきた。
気温が下がり凍りかけた雪の上を足を取られない様に慎重に進み、今回は遠慮する必要などないので小屋に到着次第身体強化を掛けながら扉を蹴破る。
「!? 誰ですか!?」
相変わらずの酒臭さに顔を顰めながら、小屋の中で晩酌に勤しんでいたステファンを破られた扉の有った枠から睨む。
「あなたは、た、確か! 池の清掃の依頼を請けた……デミトリ、さん?」
「とぼけるのは止してくれ。随分と豪勢に過ごしているみたいだな、ステファン?」
酒に詳しくないが、そんな俺でも一目見て高価な物だと分かる繊細な飾り付けのされた酒瓶が無数に床の上を転がっている。
「な、なんのことやら――」
「その酒はクリスチャン殿下の奢りだろう? 実家を勘当されたお前の手には届かない品ばかりだ」
ぎりりと歯を食いしばったステファンの手が震え彼の魔力が揺らぐ。ニルから渡された調査書には魔法が得意ではないと記載されていたが、怒りと酔いが魔力制御の甘さに拍車を掛けているようだ。今魔法を放っても大した威力は無さそうだ。
「……本当に、何のことだか皆目見当が尽きません」
「生まれはマグニエル子爵家の長男。学園での成績不振と不真面目な素行を理由に弟が跡継ぎに選ばれ、その後まともな職に就かず勘当され家名を失った」
「どこでそれを――」
「哀れに思った叔父のメダードがメリネッテ王妃記念公園の管理人として雇い入れてくれたが、生活態度は改まらず酒に溺れた自堕落な生活を送っている。周囲からの評価は仕事をまともに出来ない愚か者」
「ふざけないでください!!」
怒りで逆に冷静さを取り戻したか? 先程まで感じていた魔力の揺らぎが収まって行く。
ステファンの魔力に押し退けられたのか、警戒のために放っていた霧の魔法が空間のある一点に干渉できないのが分かる。恐らくそこに魔力を集めているに違いない。
「クリスチャンとどこで繋がったのかまでは調べられなかったみたいが、お前のようなつまらない男の行動ならなんとなく想像出来る」
「ふ、ふふ……ここまで馬鹿にされたんです。最後にあなたの推理を聞いてあげましょう」
「どうせメダードを殺害したことが奴の部下にばれてしまったんだろう? あの馬鹿王子は我儘放題で過ごしているが、流石に無許可で公園に侵入するのを見過ごすほど奴の部下も無能ではないはずだ」
クリスチャンが逢引きするために夜公園に入る許可を取ろうとメダードを探し、雑に死体を隠していたステファンの蛮行がばれたと考えるのが一番自然だ。
「お前ではアムール王国の環境大臣の署名がされた委任状を用意できるはずが無いからな。言う事を聞く代わりに、クリスチャンに縋って隠蔽工作を手伝って貰っていたんだろう?」
「……」
「情けないな、『推理を聞いてあげましょう』と煽った癖に図星を突かれて黙るのか?」
ぷるぷると小刻みに震えるステファンをあざ笑うように手を挙げ首を振る。
「クリスチャンもそこまでして守ってやったのに哀れだな。自分が逢引きをする日に俺が依頼で公園を訪れるかもしれない、そんな誰でも思い付くような事に気付かない程お前が無能だとは思わなかったはずだ。クリスチャンが嫌いな俺に奴の同情をさせるなんて、お前は希代の役立たずだな?」
「黙ってください!!」
必要ないかもしれないとも思ったが、王家の影がステファンの調査を行った際集めたステファンの人物評と証言にも目を通していて良かった。
勘当された際彼が親に向けられた言葉と、俺自身が父から言われた言葉を混ぜ合わせる事で効果的に奴の心の傷を刺激できている。
「俺は有能なんだ……!! こんな所で終わる男じゃないんだ!!」
「恩人である叔父を殺すような屑が良くそんな事を吠えられるな」
「いい加減にしてください!!!!」
閃光が放たれてから一瞬遅れて、空気が裂ける破裂音と衝撃波が管理人小屋を揺らす。掃除が行き届いていない小屋の屋根裏から大量の埃が落ち、曇った視界の奥でステファンが自身の魔法の反動で倒れた。
「けほっ、げほっ! んんっ……! 四大属性しか使えない凡人とは訳が違う、かの国では王族の証である雷の魔法を食らった気分はどうですか!? ふ、ははは!! やっぱり俺は公園の管理人なんかに収まる器じゃなかったんだ!」
「お前と違って立派に職務を全うしている人間を下に見るような発言をするな」
「あぐっ!? ヒュッ、なん、で!?」
まるで死人を見たかのように目を大きくしたステファンが、舞い散る埃を割って伸びて来た俺の手に首元を掴まれながら激しく抵抗する。
焼けた服から立ち昇る不快な匂いを無視しながら身体強化の強度を上げて、じわじわと彼の首を握る力を増していく。
「痛っ、ぐっ……!?」
「ご自慢の雷魔法も大したことがなかったな? この程度の魔法を使えるからと言って自分が特別だと勘違いしてしまうとは、めでたい奴だ」
「こ、の……てい、ど……!?」