ニルにゴドフリーの死体見分書の写しを共有して貰った際、体に残っていた紋様に見える火傷跡についての記述に目を引かれた。
直接的な死因である心臓発作と合わせて確度が高い推測だとは思っていたが、やはりゴドフリーの死因は雷魔法に打たれたからだった。
ゴドフリーの肌を覆っていた樹枝の様に広がる火傷の正体は、雷魔法が残した電紋で間違いない。
「どし、て、いき!?」
じたばたと藻掻くステファンが魔法を発動できない様に、彼の首を絞める力を調整しながら自分の体を確認する。着ている服と装備が所々焼け焦げてしまっているが、幸い体に異常はない。
「家を勘当されてしまうような無能に後れを取るわけがないだろう」
自分自身も似た様な境遇なのにこんなセリフを吐いているのは悪い冗談でしかないな。
「かみ、なり魔、法、最強な、のに!!」
確かに、対策なしに食らっていたらただでは済まなかっただろう。
四大属性以外の魔法対策について色々と考えていて良かった……おかげでトリスティシアに俺の水魔法について質問する事が出来た。
『そうね、デミトリが言った通りデミトリの水魔法に雷は効かないわ』
魔法実験をしていた時魔法で出来た水が超純水……絶縁体かもしれないと気付き、トリスティシアに確認が取れていなかったらこんな危険な真似はしなかっただろう。
雷魔法が放たれる前に全身を水魔法の膜で覆う事によってなんとかなったが、かなり危ない橋を渡っていた自覚はある。
「お前の様な三流以下の魔法の使い手ならわざわざ近付かなくても始末できた」
「うっぐ、うぅ!」
「俺が直接お前に手を下す理由が分かるか?」
「わか、ない――な、んで!?」
「お前も、お前の魔法にも、何の価値もない事を思い知らせるためだ」
「ち、が……! がっ!?」
怒りと絶望に染まったステファンの双眸を見つめながら、収納鞄に仕舞っていたゴドフリーの剣を取り出し、敢えて急所を外すことを意識しながらステファンの脇腹にゆっくりと刺す。
「だず、け――」
ステファンが命乞いをしながら魔法を発動しようとしているのが魔力の揺らぎで分かったので、刺したばかりの剣を思い切り捻る。
「あ!? ぎ――」
「この程度で魔力の制御を失うのか? 命が掛かっていてもその程度とは、想像以上に根性の無い能無しだな……よく勘当だけで済まされたものだ」
「う、うぅ、ぐ、ちが! 俺は――」
「有能? 違うな。一人では何も成し遂げられない、不意打ちで人の命を奪う事しかできない、希少な雷属性の魔法も使いこなせない哀れな愚物だ」
「あ、あぁ……!」
先程の雷魔法を発動させるまでの溜めも異常に長かった上に、今も負傷しているとはいえ魔力の制御が極端に下手だ……複雑な魔法操作はこいつには無理だろう。
死体見分書の内容も考慮すると、ゴドフリーの死因は十中八九先程の雷魔法による即死のはずだ。刺し傷は恐らく殺された後魔法で殺した事実を隠蔽しようとしただけだ。
不幸中の幸いと形容する事が憚れるが……ゴドフリーが長時間雷魔法に晒され苦しめられたわけではないのが唯一の救いだな。
「た、のみ、ま……!」
――雷魔法は電気を発生させるために魔力を電子に変えて流れを作っているのか……? 考え過ぎるのは悪い癖だな、細かい事はどうでもいい。
「お前が殺したゴドフリーと同じ目に遭わせてやろうと思っていたが、生憎俺は雷魔法を使えない」
「ゴド、ふ……??」
「……安心しろ。自分が命を奪った相手の名を思い出せなくても、電気ではないが体に異物を流し込まれたら少しはゴドフリーの気分も味わえるだろう」
「や、やめ――ああああああ!!!!??」
神経を研ぎ澄ましながら細かく枝分かれする電紋を形作る様に、ゴドフリーの剣が刺さったステファンの傷口に半端に凍らせた水を流し込む。
氷の結晶が水中で動き回り、ステファンは体を内側からやすりに掛けられるような痛みに苦悶の表情を浮かべ叫び続けた。
ある程度ステファンの体の中に水張り巡らせた後、一気に彼の心臓に水魔法を集めて圧縮する。
「ごあっ……」
「……終わったか」
絶命したのと同時にステファンがこちらに項垂れ掛かってきたので、腹を蹴って彼の死体を退けるのと同時に剣を抜く。
――覚悟はしていたが……気持ちは一切晴れなかったな。
クリスチャンのふざけた計画の為に無情に殺されたゴドフリーの仇には、相応の絶望を与えてから命を奪うと決めていた。あんな芝居まで打ってステファンを追い詰めたが……事を終えてしまえば虚しいだけだ。
危険な魔法を使う相手なのであれば遠距離から制圧するべきだと助言してくれたニル達の反対を押し切って、一人でステファンを始末する事に拘った結果がこれか……気分が悪い。
俺自身が父に言われ追い詰められた言葉を借りてしまったのは、少々やり過ぎだったかもしれない。
「後は我々が片付ける、デミトリは一足先に帰って休むんだ」
背後から肩に手を乗せられながら声を掛けられ、振り向くとニルが王家の影を引き連れて来ていた。
「だが――」
「いいから、任せてくれ」
「……ありがとう」
雷魔法の音を聞き駆け付けて来たであろうニル達の言葉に甘えて、ステファンの事は任せて管理人小屋を後にする。
公園の出口を目指しながら思考がどんどん沈んで行くのが分かったので、両手で頬を叩いて自分に喝を入れる。こんな所で立ち止まっている暇はない。
セレーナに発破を掛けた手前うじうじなんてしていられない。悩むのは……全てが片付いてからでいい。