「デミトリ、ちょっと確認したい事があるんだが時間はあるか?」
「ああ」
「ピヨ?」
留学生寮の自室でテイムした使い魔? と戯れているデミトリを呼び、王家の影の同僚数人の待つ部屋まで付いて来てもらった。
席に着くように促し座ってくれたが、デミトリが何やら気まずそうな表情を浮かべている。
「どうかしたのか?」
「いや、なんでもない」
デミトリの視線が部屋の中、特に同僚達に向いてから留まり、その後私とまた視線を合わせたのを見逃さなかった。皆私と似た黒装束を身に纏っているため、少しだけ場違いさを感じているのかもしれない。
「すぐに終わるからそう身構えないでくれ、あのクレアという少女の異能について確認したい」
「クレアの異能か……」
「恐らく再起不能の重傷を負っていると言っていたが、王都を離脱する際少しでも不安要素は取り除いておきたい」
武闘技大会で試合を観戦していたのに、私にはどうやってデミトリが彼女を倒したのかが全く理解できなかった。
「試合を観ていたニルと、恐らくここに集まっている人間には既に共有されていると思うが彼女の異能は恐らく反射の異能だ」
「……確定ではないんだな?」
「俺が攻撃を反射する異能かどうか問いかけた時『半分正解で半分不正解』と言っていた。『理解できないと思うからそんなに深く考えなくても良い』とも言っていた以上、気付いていないカラクリがまだあるのかもしれない」
改めて、デミトリはよくそんな異能を持った相手を倒せたな……。
「厄介な力だな」
「完全無欠と言う訳ではない。現に倒せたし、一度王立学園で俺に抱き着こうとしたのを氷壁の魔法で防ぐ事が出来た」
彼女の発言は闘技場全体に響き渡っていた。おかしな性格をしているのは何となく把握していたが、一体何をしているんだ……。
「常時発動していないなら意識外の攻撃……死角からの攻撃や視認できない程長距離からの攻撃が当たるかもしれない。加えて寝ている間自動で能力が発動していないなら就寝中は無防備な可能性が高い。対峙した時の対策をする上で後者はあまり関係ないかもしれないが――」
「前者は異能を発動しているかいないか博打になってしまうが……かなり有益な情報だな。それで言うと気付かれさえしなければ毒も通用するかもしれない」
「可能性は高いと思う。直前の試合で手持ちを使い切ってしまっていたので俺は試せなかったが」
懐に忍ばせておいた瓶を取り出しデミトリに手渡す。
「これは――」
「高級ポーションだけでなく、毒も補充が必要だろうとアルフォンソ殿下が持たせてくれた」
「……ありがとう」
デミトリが大切に毒瓶を収納鞄に仕舞ったのを見届けてから、本題に入る。
「そろそろ、どうやって倒したのか説明して貰えないか?」
「その説明がかなり難しいんだが……酸素について知っているだろうか?」
「さんそ……?」
聞き慣れない単語に周囲の仲間達もいまいちピンと来ていない。
「息をするために必要な気体なんだが」
「……もしかして空気の事か?」
「すまない……口で説明するよりも、実際に見せるのが早いかもしれないな」
一人で納得してしまったデミトリが、収納鞄から蝋燭と空の瓶を取り出しながら説明を始めた。
「俺達が空気と呼んでいる物には、実は色々な気体が混ざり合っている」
「色々な気体……」
説明をしながら机の上で何やら準備していたデミトリが、設置した二つの蝋燭に火を灯した。
「その中でも人間が呼吸をするのに必要な酸素は、炎が燃えるためにも必要なんだ。燃やしている物体と同じく、酸素を燃料に燃えていると思って貰ってもいい」
私も野営の知識で火起こしをする時に空気を送り込まなければ火種が育たない事は知っているが、デミトリの言っている「さんそ」なる物については初耳だ。
「目に見える物ではないから口では説明し辛いんだが……今この二つの蝋燭の火は灯っているだろう?」
灯した蝋燭の片方だけにデミトリが取り出していた透明の硝子瓶を被せた。
「二つとも同じ店で買った既製品の蝋燭だ。燃えている条件は同じに見えるが――」
「片方が消えたな……」
瓶を被せられた蝋燭だけ火が消え、蝋燭が放った煙が行き場のない瓶の中で滞留した。
「繰り返しになるが何かが燃えるためには空気に含まれている酸素が要る。そして人も呼吸をするためには酸素が必要だ。仮にこの部屋の中がこの瓶の中と同じ状況になってしまったら、全員呼吸が出来なくなる」
物騒な発言に部屋の中に緊張が走る。
「すまない! 他意はなかった……とにかく、まだ燃えている蝋燭は瓶に遮られず自由に空気中から新しい酸素を得る事が出来ている。反面瓶の中の蝋燭は、限られた空気の中に含まれていた酸素を蝋燭の炎が燃やし尽くしてしまい、結果的に炎も消えた」
今まで想像すらしなかった概念に驚きを隠せない私達を横目に、デミトリが今度は収納鞄から鍋と小さなコップを取り出した。
「今の実演で一定の空間の中に存在する空気と、その空気に含まれる酸素が有限である事を伝えたかったんだが、分かって貰えただろうか?」
「ああ……驚いてはいるが今の所理解は追い付いている」
「良かった。回りくどくなってしまい申し訳ないが、ここからが俺がクレアを倒した方法の説明になる」
デミトリが小さなコップを水魔法で創った水で満たしてから、金貨を一枚コップの中に落とした。水の抵抗でゆっくりと落下した金貨がコップの底に着くのと同時に、カキンという衝突音が鳴る。
「少し想像し辛いかもしれないが、このコップを俺がクレアの事を捕えていた水魔法の檻、コップを満たしている水を空気、そして金貨をクレアに見立てて貰えるだろうか?」
「……あの試合の再現か」
口頭での説明だけでは伝わり辛いと考えてくれたデミトリの気遣いを無駄にしない様に、少し違和感はあったが前に出されたコップと、その中身を頭の中で武闘技大会の試合で水の檻に捉えられたクレアに置き換える。
「俺も記憶が――断片的な知識しかないので厳密には違う所も多いと思うが……金貨が完全に水、空気に浸かっている状態じゃないとクレアは呼吸が出来ないと思ってくれていい」
「今の状態なら問題なく呼吸が出来ると言う事か」
「ああ、これを――」
デミトリがコップを持ち上げ中身を鍋の中に移す。
「――こうすると水が分散して、金貨がほぼ水に浸かっていない状態になるだろう?」
デミトリの言う通り鍋の底に流れてしまった水が浅い水溜まりを作り、金貨の半分以上が空気に晒されている状態だ。
「試合中水魔法の檻を広げてから凍らせた時、中にあった空気はこの鍋の中の水と似たような状態になった。単純に存在する空間が三倍ほどの大きさになったからな……空気の密度がそれだけ薄くなり、クレアは呼吸困難に陥った」
「……異能では防げなかったのか?」
「直接彼女を攻撃していなかったから発動していても無意味だったはずだ。仮に異能を発動していたら……空気が薄くなっている状態で更に空気を反射して自分から遠ざけてしまい、状況を悪化させただけの可能性が高い」
デミトリは落ち着いた口調で未知の異能について共有を続けているが、彼は平時ではなく戦闘中……戦いながら反射の異能について分析していたはずだ。
「……攻撃が反射されてしまうと気付いてから、良くあの短時間でこんな打開策を思い付いたな」