「レイナさん! 王子に捨てられ傷付いた心を癒す機会を僕に――」
「抜け駆けは許さん! 麗しきルーシェ公爵令嬢よ、私と――」
「俺とファーストダンスを踊ってくれ!!」
「レイナ様がだめなら横の護衛の娘でも――」
この感じも久しぶりだな……。
エリック殿下達の到着を待っている内に、城の外観と違わず無駄に煌びやかな内装をしたアムール王城の広間で舞踏会に参加した生徒達に取り囲まれてしまった。
俺がレイナ嬢の前に立ち、背後をヴァネッサが守っているが構わずこちらに寄ろうとしてくるのを視線で牽制する。
武闘技大会を観戦していたのか分からないが、最初は俺を見て怯んでいた舞踏会の参加者達も俺が帯刀していないのを見るや否や無駄な勇気が芽生えたらしい。
「……私にはパートナーがいるので、お誘いはお断りします」
「一曲踊る位――」
「私のパートナーが嫌がっているので、これ以上無理な誘いは止めて頂きたい」
「……っ! 私は伯爵家の跡継ぎだぞ! ヴィーダでは幽氷の悪鬼として名を馳せているのかもしれないがここはアムールだ! 口を――」
「どうしたのかな?」
騒ぎを聞きつけたであろうエリック殿下達の到着に絡んできていた生徒達の間に分かりやすく動揺が走る。
「!? エリック殿下……」
「僕の大切な部下に何か文句があるのかな? 責任を持って僕が対応するよ?」
「ちっ……!」
冬の舞踏会でも一応生徒扱いになるとはいえ、一国の第二王子に対して舌打ちをして挨拶も無しに場を後にするとは……。
野次馬をしていた招待客達を押し退けながら生徒達が退散していき、入れ替わる様に舞踏会の参加者でひしめく広間に出来た隙間にエリック殿下達が入った。
「三人共待たせてごめんね、大丈夫だった?」
「デミトリさんとヴァネッサさんが守って下さったので」
「それほど待っていなかったから気にしないでくれ。逆に大丈夫だったのか?」
集合を予定していた時刻から三十分ほど経っている。少しの間待つ事になったのは全く気にしていないが、エリック殿下らしくない遅刻が気掛かりだ。
「私も絡まれちゃって……」
「急にセレーナに果汁を掛けようとしてきた女生徒がいて、その対応でちょっと時間が掛かっちゃったんだ」
「少しだけセレーナのドレスの裾に果汁が掛かってしまって、お色直しをしようと化粧室に向かったらまた別の生徒達に絡まれました……言うまでも無いと思いますけど会場を離れる際も単独行動は控えた方が良いと思いますわ」
ナタリアの忠告にため息が漏れる。最近はエリック殿下が休学を決めた事や武闘技大会の準備に集中していたためアムールの人間と関わる機会が減っていたが、ここにきて舞踏会の参加人数と比例して問題が舞い込んできているような気がする。
「一先ずは合流できてよかったよ! 全員で固まってれば余程の事が無い限り変に絡まれる事はないと思うから、後は歓談が終わってアムール王家の挨拶を聞くだけだ」
「それ、フラグじゃ……」
ヴァネッサが不穏な事を呟いた直後、舞踏会の参加者たちを縫うようにこちらに向かう人影が見えて警戒を強める。
ちらちらとこちらの様子を伺っていた女生徒の集団を迂回して現れたのは、どこか見覚えのある気弱そうな男子生徒だった。
「す、すみません……! デミトリさんに話があって」
てっきりレイナ嬢やセレーナ目当てだと思ったが、こいつは……。
「確かクリスチャン……殿下の側近候補の方でしたよね? 私に何か御用ですか?」
「あっ、え……?」
俺が覚えていた事がそんなに意外だったのか? 他の側近候補たちの顔は最早覚えていないが水魔法を掛けた彼の事はぎりぎり覚えていた。
「あの、話し方が……? そんな事より、大切なお話があるんです!」
引っ掛かっていたのは俺の口調か……クリスチャンの仲間との接触はなるべく控えたいが様子がおかしい……見ただけで判断できるようなものではないのは百も承知だが邪気を一切感じない。
警戒は解かない様に注意しながら、こちらに近寄る様に合図をしてゆっくりと距離を詰めた生徒に小声で語り掛ける。
「畏まった口調は大目に見てくれ。生徒達以外にも王侯貴族の面々が出席しているだろう?」
「あ……! はい、分かりました」
「それで、用と言うのは?」
「えっと、父から聞いたんですけどクリスチャン殿下が私兵として憲兵隊の人間を数人舞踏会に侵入させる計画を立てているみたいなんです……!」
周りの招待客達にはぎりぎり聞こえない声量だったが、俺の横に立っていたエリック殿下には聞こえたみたいだ。上手く苛立ちを隠しているがアムールに来てからの付き合いで分かる……微笑んでいるが確実に怒ってもいるな。
「……側近候補がそんな事を俺に伝えてもいいのか?」
「あの後、僕なりに色々と考えて……このままじゃダメだって思ってクリスチャン殿下に行動を改めた方が良いと提言したんです。予想通り側近候補は解任されちゃいましたけど、後悔はしてません」
「そうだったのか……だとしても、俺に情報を共有するのは今後不利に働くかもしれないと思わなかったのか?」
「デミトリさんと話してるこの場もいろんな人に見られてますし、今後大変かもしれませんが……あの時の恩返しを出来るのは、今位しかないので」
……まさか漏らしてしまったのを水魔法で隠した事にそこまで恩義を感じてくれたのか? それだけで……。
「……分かった。情報共有感謝する」
「えっと、僕の言葉だけだと信じられないかもしれないので父の名に誓って真実だと誓います!」
「先程から気になっていたんだが、君の父親は一体……?」
クリスチャンの計画を事前に察知出来る、或いは共有されている様な立場の人間は限られてくる。
「デミトリさんにお世話になったアムール王国近衛兵、護衛隊長のジャーヴェイス・バトウ隊長です!」