「マキシムさんとお知り合いだったんですか?」
「学園で少しな……」
彼の名誉のために具体的に説明をするのは避けたが、言いたい事を告げてから早々に場を辞退した生徒の名を、同じクラスの生徒として面識があったレイナ嬢から質問された事で初めて知った。
「父親の名に誓うのはかなり重めの宣言ではあるから信じてあげたいけど……デミトリはジャーヴェイスさん? と面識があるの?」
「……メリネッテ王妃記念公園でクリスチャンと遭遇した時、奴の護衛でジャーヴェイスを含む近衛兵が公園の周囲を警戒していた。その時に話したきりだが一応面識はある」
アムールでは珍しく話の通じる相手だったため、ジャーヴェイスの事はしっかりと覚えている。
ただ『お世話になった』とマキシムは言っていたが……心当たりが一切無い。クリスチャンが逢引きをしていた件を、無暗やたらに言いふらさなかったのが該当するのか? それとも俺があの時事情聴取に協力的だったことを指しているのか……?
「あの時言ってた護衛隊長がジャーヴェイスさんだったんだ? クリスチャンが私兵を舞踏会に紛れ込ませてるなんて、マキシム君がまだクリスチャンと繋がってたら僕達に知らせても利が無いし……ジャーヴェイスさんも護衛ならそういう情報を拾える可能性が……うーん……」
エリック殿下が唸ってしまうのも理解できる。
ジャーヴェイスであればクリスチャンの護衛をする傍ら情報を得る機会があるのは事実だが、わざわざ息子のマキシム経由で俺達に共有するだろうか?
それ以外に連絡の手段が無く、たまたま俺に恩義を感じてくれていたマキシムと親子で息子が伝言役を買って出たというのは……偶然だったとしてもあまりにも不自然な行動だ。
クリスチャンと一緒に武闘技大会を観戦していたアムール王と、エステル王妃やニコル第二王子の関係性が不明瞭なのと、アムール王家が管轄している憲兵隊や近衛兵まで一枚岩ではないのが話を余計にややこしくしている。
ジャーヴェイスとマキシムの善意を信じたい気持ちもあるが、どうしてもエステル王妃が裏で糸を引いているのではないかと警戒してしまう。
「……今は悩んでる場合じゃないね。イバイ、頼んでもいいかな?」
「待機している王家の影に共有致します。デミトリ殿――」
「分かっている。エリック殿下の事は任せてくれ」
「私も力になります」
イバイとアルセと頷き合い、全員が礼服とドレスを身に纏っているので端から見たらおかしく見えたかもしれないが、殿下を囲むように簡易的な陣形を築く。
「情報源が近衛兵団に所属してる護衛隊長なら、アムール王家が把握してないのはおかしいから当然対策してくれてるか……どちらかというと事前に対処していて欲しい所だけど」
エリック殿下が当たり前のことを言っているが、アムール王家がそんな当たり前の対応を出来ていればそもそもこんな状況に陥っていないので望みは薄いだろう。一応既に対処済みで、ジャーヴェイスもマキシムも個人的に動いていただけの可能性はあるが……。
「……敢えてクリスチャンの好きにさせるつもりならちょっと面倒だね」
「やはりエリック殿下もその可能性があると思うのか……」
「えっ!?」
政に疎いヴァネッサと対照的に、ナタリア、アルセ、セレーナ、そしてレイナ嬢は全員渋い表情を浮かべている。
「デミトリ、まだ挨拶が始まるまで時間があるからヴァネッサに説明してあげても大丈夫だよ!」
「俺よりエリック殿下の方が適任では――」
「デミトリから説明した方が立場が近いし分かりやすいんじゃないかな?」
「そんな事はないと思うが……」
エリック殿下が微笑みながら懐から久しぶりに見る遮音の魔道具を取り出したので、困惑気味のヴァネッサに顔を近づけ口元を隠しながら説明を始める。
「すでにヴィーダ王国とアムール王国の関係には、かなり深い亀裂が入ってしまっているだろう?」
「うん」
「アムール王家……この場合はエステル王妃か? 彼女がヴィーダ王国との関係修復の道を捨てた可能性がある」
「え、なんで……」
胃がキリキリするのか横で聞いているセレーナとレイナ嬢が腹を摩っているが、構わず説明を続ける。
「ヴィーダ王国の抗議に対する賠償内容が決定してしまい、領土の譲渡と合わせた公爵家を含む貴族家の離反、クリスチャンの廃嫡までもが確定している」
「王家からの挨拶で発表するんだよね?」
「ああ。今日の発表を境にアムール王家の失態……主にクリスチャンがしでかしたことが公になる。内容が色々と酷すぎて、比喩ではなく国が傾く規模の混乱が起こってもおかしくない」
「……クリスチャンが罰を受けて終わりじゃないもんね……」
俺自身あまりにも非日常な厄介毎に巻き込まれすぎて感覚が少し麻痺していたが、振り返ってみるとクリスチャンのやらかした事があまりにも重すぎる。物語の様に『断罪』されて万事解決という訳にもいかないだろう。